「嫌われる勇気」悩んでいる多くの人が知らない考え方

ライフハック

私は「嫌われる勇気」という本を読んで深く感動したので、読んですぐにもう一冊買って親にプレゼントしました。

特に父親には246ページを読んでもらいたかったのです。

この本は現時点で帯に253万部売れていると書いてあるのですが、まだ日本で253万人しか読んでいないんですね。

日本人の半分も知らないということになります。

私は最近本を何冊も読んでいるのですが、この本は他の書籍と全く違いました。

他の書籍はすぐにメルカリで売ってしまうのですが、この本は初めて何度も読み返すために家に置いておきたいと思いました。

それほど特別で難しく、非常識な本だったのです。

だからこそ、これほど長く売れているのではないでしょうか。

では、この記事でわかるテーマを3つ紹介します。

  • 原因論から目的論へ
  • 騙されても信頼せよ
  • 点で生きろ

こちらでは「嫌われる勇気」に書かれている事柄を上記の通り抜粋し、私の日常生活に活かした時に結果を書いていきます。

これは名著なので、ぜひ実際に読んでみてください。

おそらく読む人により衝撃を受ける箇所が違いますし、感じ方も違うと思います。

しかし確実に人生を好転させると思います。

原因論から目的論へ

では、原因論から目的論へからお伝えしていきます。

この本の構成としては、青年(家庭環境が”原因”で自分が嫌いな青年)と哲人(アドラー心理学を学んだ人)が対話する形式です。

青年は原因論で物事を把握し、哲人は目的論で物事を把握しています。

原因論とは

原因論とは精神科医フロイトが説いた考え方で、人の気持ちは原因によって作られるというものです。

「嫌われる勇気」では引きこもりの人を例として説明されていました。

原因論では引きこもりは会社でのトラブルが”原因”で、当事者は家に引きこもっているといいます。

人間の行動は過去に起きた出来事に起因して引き起こされるということです。

これは私の過去の考え方にも合致します。

目的論とは

目的論とは、引きこもりの人はある目的のために引きこもっているといいます。

彼は引きこもることで自分を特別な存在にしているというのです。

彼は引きこもりたいから引きこもっている。

別に過去の社会的トラブルが”原因”ではなく、引きこもることで得られるメリットがあるから引きこもっているということです。

つまり引きこもることで親が心配してくれ、自分が存在していていいと思える。

それが快感だから引きこもっているというのです。

彼は引きこもりたいから引きこもっているのです。

この場合、社会で経験した人間関係など全く関係がないということです。

原因論と目的論について

多くの人はこれを聞いてびっくりすると思います。

なぜなら多くの人は引きこもっている人は完全に社会の荒波に揉まれ、いじめられ大きなショックを受けたから引きこもっていると考えているからです。

主人公の青年もそう考えていました。

しかし目的論は引きこもりたいから引きこもっていると言っています。

私はこれは考え方のことを言っているのだと思いました。

引きこもりは過去に囚われているのではなく、目的として引きこもっていると考えなさいということなんです。
つまりそう思うことができれば、それは自身により解決できる問題になるから、楽だということです。

もしも引きこもりを社会の問題、過去の問題に原因があるとすると、立ち直るにも立ち直れないのです。

なぜなら引きこもりがどんなに引きこもろうとも社会を動かすことは不可能で、過去を変えることはできないからです。

しかし目的論で論じれば、引きこもりは自分で引きこもっている。

ただそれだけの話なので、ただ部屋を出ればいいだけなのです。

実体験を原因論と目的論で考える

私は最近、派遣社員をやめてフリーランスエンジニアになりました。

派遣社員として働いていた企業は大きな不正を犯しました。

ですので私はそれが”原因”でその会社を退社したのです。

理由はいくらでもありました。

不正が”原因”で周りの派遣社員もやめていたからです。

しかし目的論でいえば、私は辞めるために辞めたのです。

別に不正があったから辞めたんではなく、辞めたかったから辞めたんです。

辞めたいと思い、辞めるための口実をでっち上げるために、不正を持ち出したのです。

私はこう考えた時、まさにそうであると気づきました。

理由を探して、ただ辞めただけです。

離婚問題

離婚する夫婦も原因論と目的論で語ることができます。

夫婦関係はある日を境に一変します。

それはどちらか一方がその人と別れたいと思った時です。

例えば奥さんがその人と別れたいと思う。
あるいは別れようと思う。
すると、そこから今まであまり気にしていなかった夫の嫌な部分を探し始めます。
家事を手伝わないこと、仕事ばかりしていること、体臭などなど、あらゆる負の部分に目を向け原因を作り出すのです。

これが原因論です。

そうしてその要因を羅列し、離婚を成立させます。

別に別れたいと思っていなければ、上記の全ての要素は我慢することができるし、サポートしたいと思えばそれは当然のことなのです。

欠点がない人などいないのですから。

このように原因論と目的論で話せば、様々な問題がシンプルに感じられます。

テラスハウスビビとトパスの話

テラスハウスという若者に人気のNETFLIXがありますが、そのメンバーにトパスという母親と弟と日本にやってきた男性がいます。

彼は父親がおらず、今まで愛を与えてもらえなかった。

だから愛に飢えていると言います。

だから愛が欲しいんだというのです。

そんなトパスに、ロシア人のビビは愛は待っていても来ないと言います。

愛が欲しければ自分から与えに行きなさいというのです。

トパスは原因論で物事を把握し、ビビは目的論で物事を把握しています。

トパスは自分の周りの環境に愛がなかったから、自分は愛を与えられない。
誰からも愛されなかったものは愛を知らないから愛を与えられないと言います。

まさにトパスは過去の出来事、過去の環境から判断し、自分は愛を与えられないと考えています。

だから愛をくれというのです。

しかしビビは自分から愛を与えなければいけないと言います。

さらに自分は愛を知らないというトパスに対し、あなたはすでに愛を与えているというのです。

朝早く起き、炊事場に溜まった皿を綺麗にする。

それは立派な愛だと。

「愛がなければそんなことはできない」と。

ビビは愛が欲しければ自分から発信しろと言います。

トパスは受け身です。

愛をくれと。

愛を待つものと与えるもの

ここで考えたいのは愛を待つものと愛を与えるものどちらが愛をもらえるかどうかです。

2人の主人公がいます。

2人の人のイメージ

1人は愛が欲しいとずっと待っている人、もう1人は自ら愛を発信し、人々に愛を与える人です。

愛を待つ人はじっと待っています。

愛をくれ愛をくれと言っているのでしょうか。

あるいは黙って沈黙しています。

一方で愛を与える人は、女性を褒め、他人を助け、笑顔を振り向きます。

何か企画したり、部屋を綺麗にしたり。

見返りを求めず絶えず愛を与え続けます。

あなたはどちらの人間に好意を抱くでしょうか。

何もせずただただ待ち、愛をくれという人と自ら愛を提供する人。

私なら愛を与え続けている人の方が面白そうだからそちらについていき、共に過ごします。

愛を待っている人は暗そうだし何も発展しなさそうなので、無視します。

このように原因論で考えている人はずっと原因を見て、負のループに陥るのです。

目的論で考えた人は、愛が欲しいから自ら行動し愛を与えるのです。

騙されても信頼せよ