「どうしたんですか?1人でこんな夜中に」
「夜中って言ってもまだ9時ですよ?」
「池辺さんこそ、どうしたんですか?」
2人は窓に面したカウンターの席に座った。
窓の向こうには豪華ではないが、それなりに良い雰囲気の夜景が連なっている。
1つ1つの建物が光を発していて、そこには当然人がいると考えると自分の存在がとても小さく思えた。
「今日、以前同じグループだった人のドラマの撮影現場に行ったんです」
「へえ、そうなんですか、仕事終わりに?」
「はい、そこで彼女がとても輝いていて、私ちょっと羨ましいなって」
「そうですか」
「はい、でも私その場所がとても遠い場所に見えちゃって」
池辺は少し唇をすぼめた。
「私、復帰できるのかなって。なんかすごく不安になっちゃって」
高橋も同じように唇をすぼめた。
「はい」
「そしたら、なんか雑誌の記者の人がいて、私に”あの人は今?”系の?記事で取材できないかっていきなり言われて」
「ええ」
池辺は目を見開いた。
「なんなんですかね?本当、一番出たくない感じのテーマの取材で。私本当悲しくなっちゃって。あ、すみません。こんな暗い話」
「いえ、それで1人で夜景を見てたんですか?」
「あ、はい、綺麗ですよね。ここから見える景色」
「そうですね」
2人はしばらく夜景を見ていた。
「そうだ、少し飲みませんか?明日は休みだし、別に仕事しなくても良いじゃないですか」
「えーどうしようかな。そういえばまだ高橋さんと飲んだことなかったですよね」
「あ、でも私お金が全然」
「大丈夫ですよ、僕が出しますよ」
「本当ですか?」
「はい」
「じゃあ」
2人はコンビニへ出かけた。
2人でコンビニでお酒を買って、また住居棟の共有スペースへ戻った。
「私ね、やっぱり思ったんです、今日。あーやっぱりテレビ出たいなって。ドラマとかバラエティとか。そういうのもう一度やりたいなって。ファッション誌でも良いし、舞台でも良いです。やっぱり私誰かの前でスポットを浴びて仕事をしたいなって。あれなんか私変なこと言っています」
「いえ、全然」
2人はコンビニで買ってきたお酒を手に持っている。
「そうですか。戻りたいんですよね。あの業界に。そう思ったら私何してるんだろうって。ほらギャップってあるじゃないですか?今の状況と理想を比べて落ち込むやつ。それにもろハマっちゃって。私も2年前くらいまで第一線で働いていたんだけどなって」
「戻れるんじゃないですか?全然」
「いやー厳しいですよ。不倫して、SNSであんなことして、芸能界はそんなに寛大な場所じゃないんです」
「そうですか?僕ら普通の人からしたら、そういうの全然関係ないですけどね。ほらよく交通事故起こしたり、未成年と飲酒しちゃったりするアイドルの人いるじゃないですか?なんでああいう問題で謹慎とかになるのか全然わからないんですよね。謹慎になっても1週間くらいで戻ってくるじゃないですか、普通の人なら。でも芸能人はそれが許されない。僕らは何も思ってないんですけどね」
「そうなんですよね。でも芸能界はイメージでやってますから。イメージ悪くなったらそのイメージを取り戻すのが大変なんですよ」
「あ、じゃあ動画投稿サイトでチャンネルを作ってみたらどうですか?」
「ええ、無理無理。私そういうの得意じゃないし」
「ええ、そうなんですか?僕よかったらカメラマンしましょうか?」
「ええ、本当ですか?もう。でも何撮れば良いかわかりませんし、無理です、絶対」
「そうですか?」
「はい、私本当なんか自慢できるものがなくて」
「そうですか?」
「そうなんです。アイドルやってた時も私がなんでこんなところで踊ってられるんだろうってずっと思ってました」
「でも、何もなかったらあんなに有名にならないじゃないですか?僕は池辺さんのトーク力すごいと思います」
「またまたー」
「すごいですって」
「ありがとうございます。そう言っていただけてなんか嬉しいです」
「アイドルとか、歌手とか役者さんってなんかすごく大切なお仕事だと思います。僕ら一般人は会社で働いたり、それこそ恋愛で失敗して落ち込んで寂しくなったり」
「はい」
「そういう時に何気なくテレビを見たり動画投稿サイトを見たり。そういうことをしてると、なんかキラキラした人が楽しいことをしたり、歌ったり、演技したりなんかしていると、ああ自分って1人じゃないかもってなんかそう思えるんですよね。寂しくなったり悲しくなってもテレビや動画投稿サイトがあれば良いかなってなんかそう思っちゃうんです」
「そうですか」
「はい、だからなんでも良いんじゃないですか?出たければ出て、そこで一生懸命やれば誰かの為になると思います」
「うん」
「はい」
「そうですか。じゃちょっとやってみようかな」
「はい、その時はカメラで撮らせてください」
「ええ、なんかそういう言い方するといやらしいですよ!」
「は?なんでですか?男はいつも変なこと考えてると思ってるんですか?」
「そうじゃないんですか?」
「もう」
2人はとても楽しそうに笑っていた。
しばらく経って、高橋がSNSのニュースページで池辺の名前がトレンドに入っているのを見つけた。
「あ、池辺さんがトレンドになっています」
「え」
「あーダメダメ、見ないでください。僕が先に見ます」
高橋はなぜ、池辺がトレンドになっているのか確認した。
池辺がこの施設に入っていくのを誰かがカメラで撮っていて、その写真が出回ってしまっているようだった。
池辺に伝えて良いものか。これを伝えたら池辺はどう思うのかわからなかった。
そうだ、今のタイミングで池辺にこのことを伝えるのは、得策ではない。高橋はそう思った。
なぜなら池辺は今日落ち込んだんだ。
これを見たらまた池辺は落ち込んでしまうかもしれない。
そう思ったのだ。
「ねえ、なんで私がトレンドに?」
「あーちょっと待ってくださいね。なんかどれが原因なのか全然わからなくて、SNSって元ネタを辿るのが難しいじゃないですか?」
「あーじゃあ私が探しますよ」
「あーダメダメ、もう少し待って、もう少しでわかりそうなんだ」
高橋がスクロールしていると、高橋と池辺がコンビニで買い物している写真も掲載されていた。
「あ」
「え、どうしたんですか?」
その記事はかなりバズっており、わいせつ施設で池辺陽子に新恋人となっていた。
その投稿には池辺へのバッシングがされている。
不倫して離婚したのにまた恋人かと、池辺の悪口がたくさん書かれていた。
高橋の顔もバッチリわかる形で掲載されている。
高橋の経歴の噂なども書かれてた。
「あーこりゃまずいな。やばい」
「どうしたんですか?もう見ても良いですか?」
「あーダメです。池辺さんそうだ飲み直しましょう」
「え、どうしたんですか?」
「良いから良いから、今日は飲み直しましょう」
そこへ才谷から電話がかかってきた。
「なんだろう、こんな時間に」
時刻は11時を超えていた。
「あ、陽ちゃん?陽ちゃん彼氏できたの?」
「え、どういうこと、できてないけど?」
「あーやっぱりそうなんだ。SNSで炎上しちゃってるよ。陽ちゃんまだまだ人気あるじゃん、絶対うちのドラマのオーディション受けた方がいいって。受けたら、その変な施設から出られるよ」
「え、どういうこと?変な施設って」
高橋はその電話で池辺が全てを知ったことを知った。
高橋は困った顔をしている。
電話を切ると、池辺はSNSをチェックし始めた。
「どういうこと?なんで?」
「やばい、バレてる。しかも高橋さん写ってるし。あーやばい!てか高橋さんの経歴とか全部」