ルミエール〜ベーシックインカム隔離施設【11】

ブログ小説

池辺は少し、その場で誰かが出てくるのを待っていた。

しかし現実はドラマのようには行かなかった。

いくら経っても池辺が待つ人は出てこなかった。

池辺は再び歩き始めた。

その後、何日も池辺はネットカフェにいた。

何をするでもなくただボーっと、毛布にくるまりネットを見たりしていた。

数日後にはネットカフェの店員がさすがに怪しがり、池辺もそれを感じ始めた。

そしてようやく行動を起こすのかと思ったが、池辺はまた違うネットカフェに移って行った。

まだお金はあった。

お金があったことが救いだった。

しかしどんどんなくなっていく。

何もしなければなくなっていくだけだ。

しかしもう彼女は行動することができなくなっていた。

過去に自分が行ったことを日本の全ての人が知っている。

そしてそれを受け入れられない人がこの国にはたくさんいる。

自分が働いたらイメージが悪くなる。

だから自分は周りの人を傷つけてしまうんだ。

仕事なんてできない。

どうしてもそう考えてしまうのだ。

でもこのままでは、もうお金がなくなってしまう。

どうしたらいいんだ。

池辺はどうしたらいいか完全にわからなくなっていた。

考えても考えても答えは見つからなかった。

だからいつも思うのは、もういなくなればいいんだということだ。

このままいなくなれば、それが解決策になるかもしれない。

だが、ネットで調べていると、必ずしもそうだというわけではないということがわかった。

もしことを起こしたとしても、その先に何があるかわからない。

もしその先にまだ世界が続いていたとしたら、そしてその先にもっと悲惨な何かがあったとしたら。

それは誰のもわからないのだ。

そう思ったら池辺は怖くなった。

やっぱり、何かしなければ。

そう思い、再びアルバイトへの応募を始めた。

アルバイトへ応募し面接に行くことはできた。

でもやはり落ちてしまう。

それでもなんとか面接に行き続けた末に、池辺のことを知らない老夫婦が池辺を採用してくれた。

老夫婦は定食屋を行なっていた。

池辺はその定食屋で働くことができるようになったのだ。

老夫婦が長年切り盛りしていたその店で旦那さんの方が、足を悪くし店頭に立つことが難しくなったようだ。

池辺は少し痩せていたが健康で、旦那さんに比べるととてもよく働けたのだ。

おばあさんは池辺が来てくれたことをとても喜んでくれた。

それに池辺はとても美人だった。

この子がいたらきっとお客さんもたくさん来てくれるだろう。

そう思ったのだ。

アルバイトが見つかったその時、やっと運が向いてきたと池辺はそう思った。

諦めなくて良かった。

これでやっと生計を立てられるかもしれない。

そう思ったのだ。

高橋はその後もルミエールで働き続けていた。

相変わらず高橋はアクセサリーを作る仕事をしていた。

そして池辺がいた席には、池辺と同年代の女性が座っていた。

彼女はシングルマザーで生計が立てられず、娘と一緒にルミエールへ来ていた。

3時間しか働く必要がないため、娘が寝ている間に働きに行くことができた。

ルミエールは彼女にとってとてもよい働き口だったのだ。

今は保育園に預けることが難しくなっており、預ける費用もバカにならなかった。

ルミエールにはそういう人がたくさん問い合わせにくるようになっていた。

ルミエールはもはやとても便利な場所になっていたのだ。

それゆえ池辺のファン以外にもたくさんの人が押し寄せるようになっていた。

だが、それはそれでとても問題だった。

ルミエールの経営は赤字もいい所だ。

全ては経営者の莫大な資金による資産運用で賄われていた。

さらにフルタイムで勤務できるスタッフも自分たちが働いたお金が全て3時間しか働かない、見方によればサボっている人たちに移るのを嫌がる人もいた。

ルミエールを利用する人が少なければ良いのだが、増えていくと様々な問題が起きてくるのだ。

始めは困っている人だけを対象に行ってきたのだが、困っている人は以外にたくさんいたのだ。

ルミエールなどなければどうしていたのだと思う人たちがたくさんいた。

しかしその人たち全てを助けていてはやっていけないのだ。

ルミエールは循環が必要だった。

滞在してもらって半年以内に復帰できるサイクル生み出す必要があった。

また政府からは強い圧力が度々かけられていた。

政府はルミエールが成功することを恐れていたのかもしれない。

もしもルミエールが成功してしまえば、本来政府がやるべき仕事であるのに何をしているんだと矛先が政府に飛んでくることを恐れていたのかもしれない。

あるいはもしもルミエールが成功したら、政府に頼る人が減ってしまうかもしれない。

民間でこのような慈善活動を行う団体が出てきて成功してしまうと、政府は必要ないと勘違いしてしまう人が出てくるかもしれないのだ。

もちろん政府は税金を使ってもっと大きなことをしているため、不要だということはないのだが、そう思わない人もたくさんいることを知っているのかもしれない。

かといって、ルミエールの経営は政府が行えることではなかった。

なぜならルミエールは困っている人にとってとても居心地の良い場所だったからだ。

もし国がルミエールのような施設を作ったとしたら、もはや働かない人の方が増えてしまうかもしれない。

生活保護はギリギリで生活できるくらいの資金しか与えてもらえないため、そんな生活を送りたくないと思う人が多いからこそ成り立っているのだ。

頑張って働いた方がいい。

そう思う人が多いからこそ、大多数の人が生活保護を利用してしまう事態を避けられているのかもしれない。

しかし世の中にはどうしても生活保護を受けなくてもやっていけない人もいるのだ。

ルミエールが注目され始め、雑誌の取材がたくさんくるようになった。

社長は施設への申請者が増え注目されてしまうことは、ルミエールの経営にとって非常に危ういとを感じていた。

そのため取材を断っていたのだが、どうしてもと何度も頼む人がおり、断ることができなくなり、受けることにした。

「社長はなぜ、この施設を始めたんですか?」

「私はこの世界は普通の人が正常に機能できる社会だと思います」

記者は相槌に困っていた。

「この世界では少し普通からずれてしまったら、働けなくなってしまう。ちょっとした特異性が命取りになるかもしれない」

「なるほど」

「今ままではその普通という範囲が非常に広かったかもしれません。でも今はすぐに情報が出回ってしまう。また誰もが自分の感情を表に出しやすくなった。匿名で無責任のマスクをした状態で言いたいことを言える社会に。それによりちょっとその普通から外れただけで後戻りできなくなる人が増えてしまったのではないかと思います。だから普通が狭くなってしまった。そんな中で生きることが今まで以上に難しくなってしまったんではないでしょうか」

「なるほど」

「ええ、それにこれからはもっとその普通が狭くなってしまう可能性があります。あるいはその普通のレベルが上へスライドしていってしまったら、今まで普通だった人も苦しい思いをする世の中になるかもしれない」

社長は一呼吸置いた。

「だからこそ、こういうサービスは今後もっと必要になるのではないかと私は思います。この施設だけでは足りないのではないでしょうか。ああ、そう思ったんです」

「ということは、もっとこのような施設を増やされるということですか?」

「いえいえ、そんなことを今すぐにはできません。私にはここを維持するのが精一杯です」

「なるほど、わかりました。友寄さんはこれからはもっとこういう施設が必要になると、そしてより多くの類似施設が誕生することを願っているということですね」

社長は笑った。

「ええ」