凪子に手を叩かれ、陸はやっぱり悲しくなった。
どうしてこんな人がお母さんなんだと悔しくなった。
でもまだ5年生の陸にはその気持ちをうまく説明することはできなかった。
ただただ悔しい思いを胸に抱きつつも、押し殺さなければならなかった。
胸が痛んだ。
どうにもならないことが苦しくて、とても胸が痛んだのだ。
そんな陸にとって唯一の救いは長野のお兄さんたちだったが、目の前の状況には少し無力だった。
「陸のお土産なんてないから!」
凪子は陸に真顔で感情も込めず普通のことのようにそう言った。
「空ちゃんには、たくさん買ってあげたけどね。あんたに買うのは、もったいないから。ねえ空ちゃん」
「うん」
空はとても嬉しそうに頷いていた。
陸は心がズタボロになり、自分の部屋に行こうとしていた。
「どこ行くの?何勝手なことしてるの?これからご飯なのよ!早く手を洗って来なさい!」
凪子はご飯だけは普通に食べさせてくれた。
あくまでも陸への虐待が家の外にバレることは彼女にとってリスクとなるのだ。
だから、長野にいる男たちの存在は凪子にとって脅威だった。
「ねえ、陸ちゃん?」
陸は凪子が買って来た惣菜を食べていた。
「一人で家にいたの?」
陸の顔は一瞬こわばったが、平静を装うよう努力した。
陸は長野のお兄さんたちの家に行ったことがバレたら叱られることを知っているのだ。
「うん、一人でいたよ」
「本当?」
「本当だよ」
「お風呂とかちゃんと入った?」
「うん入ったよ」
「そう」
「ご飯はどうしていたの?」
「お母さんが置いてくれたお金で食べ物を買ったよ」
「そう、あんた近所の人に変な目で見られてないでしょうね」
「大丈夫だよ。お母さんが忙しいってみんな知ってるんだもん」
「あら、そう。ならよかったわ。まあどうでもいいけど」
凪子は外で近所の人と会うとき、とても良いお母さんを演じていたため、不審に思われることなどないと自信を持っていた。
ご飯を食べたあと、パソコンの方を見た陸は、長野のお兄さんたちにメールを送ろうと思ったが、凪子に気づかれてしまうと大変だと思い、パソコンを見ただけで、自分の部屋に向かった。
俺たちは長野に着いていた。
家にはまだ陸がいた気配があった。
陸のことが心配だったが、二人は疲れていたため、すぐに寝ることにした。
次の朝はとても天気が悪く、雨が激しく降っていた。
時折雷が鳴り、不穏な雰囲気があたりに立ち込めていた。
雨の中、傘を差して学校に向かった陸は教室に着くなり友達に話しかけられていた。
その日なぜか陸はいつもよりイライラしていた。
自分の母親がやっぱり変な人だと気づき、そのことがとても腹立たしく感じていたためだ。
「なあ、お前今日も髪が立ってるぞ」
「え」
「なんだよ。それ。ハハハハハ」
(やっぱりあの子変だよな)
陸は周りの子どもが陸の悪口を言っていると妄想していた。
周りの子どもみんなが陸を変だと思っているように思えたのだ。
そう思うとまた胸が苦しくなった。
でもどうして、自分だけこんなに苦しんんだ。
この頃の陸は理由のない怒りでいっぱいだった。
雨が降り続く音が学校の外の廊下の屋根に降り注いでいる。
外はいつもより暗く、陰気な気配が立ち込めていた。
「ねえなんか、凛ちゃん可愛い服着てるね」
「え、そう?これゴールデンウィークに行った先で買ってもらったの」
「えー良いなー。凛ちゃん良いなー。私もこういうの買ってほしい」
なんだか陸は周りの子どもたちがとても幸せそうに見えた。
自分よりとても幸せそうに笑っているのが見えた。
「かなこちゃんはゴールデンウィークどこに行ってたの?」
凛がかなこに聞いていた。
「私は全然。富士山に旅行に行っただけよ」
「そうなんだ。富士山は近いわよね」
「え」
「私はオーストラリアに行ったのよ」
凛がとても誇らしげに自慢していた。
「えー、そうなの?良いな!」
康太という陸のことをいつもいじってくる男子が陸のそばへやってきた
「なあ、陸はゴールデンウィークどこに行ったんだ?俺はUSJに行ったぞ!」
陸はとても悔しくなった。
康太は当然家族でUSJに行ったに違いない。
自分は他人のお兄さんと、長野から星を見に行った。
でも家族と一緒じゃない。
自分は一人だけ家に置いていかれたんだ。
「俺は長野に星空を見に行ったよ!」
陸は誇らしげに答えた。
「ええ、陸は長野?」
みんなが笑った。
「ちっけえな」
「陸は長野に行ったんだってー」
「ハハハハハ、ちっけえ」
「近すぎじゃね?」
「長野だったら、俺一人でもいけるんですけど」
「だっせ」
陸はとても腹が立った。
せっかくお兄ちゃんたちと行って楽しかったのに、近いって。
陸は康太に飛びかかっていた。