【ブログ小説】ここだけは確かな場所8

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陸は家に着くなり険しい顔で母親の顔を見ていた。

陸は母親がどういう人間なのか見極めようとしているのかもしれない。
この頃になってようやくわかり始めたのかもしれません。
この母親が良い人なのか悪い人なのか。
自分が苦しく思うことを言ってくるこの母親という人間が果たして自分を愛しているのか、疑問に思い始めたのかもしれません。
妹の空は大人しく宿題をしている。
陸は宿題をしているフリをしながら、母親が料理を作るのを見ていたのだ。
「ねえ、ママ?今日先生がため息は生理現象だって言ってたよ?」
「ん?何?ちょっと今手が離せないのよ」
「先生が!ため息は我慢できないって!」
「あらそうなの?先生がそんなことを?」
「うん、先生が言ってた」
「そう、でもね先生が言っていることが全て正しいとは限らないのよ」
「そうなの?でも先生が言ってたよ」
「だから!先生が言ったことが正しいとは限らないって言ってるでしょ?黙って宿題をしなさい!」
陸は黙っていた。

陸は母親の財布が机に置かれているのを知っていた。
母親がトイレに向かう。
陸は母親の財布から1万円冊を取り出した。
妹は陸の行動を見ていたが、何も言わなかった。
「陸?先生が言ったことを鵜呑みにしちゃいけないわよ?」
陸は自分の部屋に戻って、鞄に荷物を入れ始めた。
「あら、陸いないじゃない。どこ行ったのかしら。宿題は終わったのかしらね」
「ねえ、お母さん」
空が母親を呼んだが、母親は気づかず料理を始めた。
陸はご飯を食べずに、家を出ていった。
17時頃、寒くなり始めた秋頃だった。

駅に着くと陸は東京行きの電車に乗っていた。
18時頃に小学生が一人で電車に乗っているので、周りの大人が不安そうに見ていたが、声をかける人はいなかった。
東京駅から長野行きの新幹線に乗る改札口で、駅員が陸に気づいた。
「あれ、僕お母さんは?」
「お家です」
「そう、僕はどこに行くのかな?」
「長野駅です。東御へ行きます」
「そうか。東御に帰るのかな?」
「はい、そうです」
陸は1万円札を財布から出した。
「おお、大金だね。よしよし、おじさんが切符の買い方を教えてあげよう」

母親が陸の家出に気づいたのはこの頃だった。
「陸?どこへ行ったの?ねえ空、陸がいないんだけど知らない」
「さっきどっか行ったのかもしれない。お母さんの財布見てたよ」
「え」
母親は自分の財布を見た。
「あいつ、どこに行ったのよ」
母親は慌てて、学校へ電話した。
「あの、五十嵐先生いますか?」

陸は新幹線に乗っていた。
やはり周りの大人は陸を怪訝そうに見ていた。
新幹線に一人で乗っている小6の男の子は流石に珍しかったのか、一人の男が声をかけてきた。
「坊ちゃん、どこに行くのかな?一人?」
「はい、一人です。東御に行きます」
「東御?」
「はい。長野駅からどうやったらいけますか」
「おじさんも東御に行くんだけど、君も一緒に来るかい」
「んー」
おじさんは明らかに怪しい人ではなさそうだが、流石にこのおじさんについて行くのはどうかと考えていた。
「おじさんね、君にお菓子あげようか」
それからおじさんは執拗に陸に話しかけてきた。
いくらか話しているうちに、おじさんは自分に害のない人だとわかった陸はおじさんについていくことにした。

「あの、陸がいなくなったんですが、陸、今日何か言っていませんでしたか?」
「ええ、陸くんが?」
「はいまたいなくなったんです」
「また?今岡さんどういうことですか?」
「ああ、またではなく、とにかくいなくなったんです。陸何か言っていませんでしたか?」
「陸くん、長野へ行くって言っていました。もしかすると本当に行ったのかもしれません」
「長野?」
「はい」
凪子は電話を切った。すぐに長野の警察へ電話をしたが、2コールほどして電話を切った。
凪子は不気味な笑みを浮かべていた。
「そう長野ね。またあの人のところへ行ったのかしら」

陸は電車を降りると、おじさんと一緒に東御市へ向かっていた。
おじさんは東御市の交番まで送ってくれた。
東御市の交番へ行った陸はお巡りさんに挨拶をして、井崎宅へと急いだ。
6年生だったが、不思議と道は覚えていた。
意外と6年生でも東京から長野へ一人で行けるのだ。
陸はそんなことを考えていた。

「ゲイブリエル、明日はどこへ行こうか」
「んー千曲へ遊びに行こうよ」
「おお、そうだね。ずっと行きたいって言ってたからね。決まりだね」
”ピーンポーン”
「あれ、こんな時間に誰だろう」
時計の針は21時をさしていた。
「わからない」
ドアの前に立っていたのは、陸だった。
「え、陸くん?」
陸は笑っていた。
赤く頬を染めたその顔には涙が流れていたのだ。