BUMP OF CHICKEN「天体観測」歌詞の意味(解釈)とは?

BUMP OF CHICKEN

BUMP OF CHICKENの「天体観測」は名曲です。

BUMP OF CHICKENの「天体観測」の歌詞の意味を考察していきます。

BUMP OF CHICKENの「天体観測」はどのような曲なのでしょうか。

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BUMP OF CHICKEN「天体観測」歌詞

作詞・作曲:藤原基央

午前二時 フミキリに 望遠鏡を担いでった
ベルトに結んだラジオ 雨は降らないらしい

二分後に君が来た 大袈裟な荷物しょって来た
始めようか 天体観測 ほうき星を探して

深い闇に飲まれないように 精一杯だった
君の震える手を 握ろうとした あの日は

見えないモノを見ようとして 望遠鏡を覗き込んだ
静寂を切り裂いて いくつも声が生まれたよ
明日が僕らを呼んだって 返事もろくにしなかった
「イマ」という ほうき星 君と二人追いかけていた

気が付けばいつだって ひたすら何か探している
幸せの定義とか 哀しみの置き場とか

生まれたら死ぬまで ずっと探している
さぁ 始めようか 天体観測 ほうき星を探して

今まで見つけたモノは 全部覚えている
君の震える手を 握れなかった痛みも

知らないモノを知ろうとして 望遠鏡を覗き込んだ
暗闇を照らす様な 微かな光 探したよ
そうして知った痛みを 未だに僕は覚えている
「イマ」という ほうき星 今も一人追いかけている

背が伸びるにつれて 伝えたい事も増えてった
宛名の無い手紙も 崩れる程 重なった

僕は元気でいるよ 心配事も少ないよ
ただひとつ 今も思い出すよ

予報外れの雨に打たれて 泣きだしそうな
君の震える手を 握れなかった あの日を

見えているモノを 見落として 望遠鏡をまた担いで
静寂と暗闇の帰り道を 駆け抜けた
そうして知った痛みが 未だに僕を支えている
「イマ」という ほうき星 今も一人追いかけている

もう一度君に会おうとして 望遠鏡をまた担いで
前と同じ 午前二時 フミキリまで駆けてくよ
始めようか 天体観測 二分後に君が来なくとも
「イマ」という ほうき星 君と二人追いかけている

BUMP OF CHICKEN「天体観測」歌詞の意味考察

”午前二時 フミキリに 望遠鏡を担いでった
ベルトに結んだラジオ 雨は降らないらしい”

夜の2時、電車はもう通りません。

踏切の近くで、天体観測をするのです。

雨は降らないので、星がよく見えるはずです。

”二分後に君が来た 大袈裟な荷物しょって来た
始めようか 天体観測 ほうき星を探して”

ほうき星とは、太陽の周りを公転している小さな天体のことです。

条件を調べれば、見つけることができるかもしれません。

長い尾を引いて現れるので、神秘的です。

僕は君と一緒にほうき星を探します。

”深い闇に飲まれないように 精一杯だった
君の震える手を 握ろうとした あの日は”

二人っきりで天体観測をしています。

闇の中、僕は君との時間にドキドキしているのです。

”見えないモノを見ようとして 望遠鏡を覗き込んだ
静寂を切り裂いて いくつも声が生まれたよ
明日が僕らを呼んだって 返事もろくにしなかった
「イマ」という ほうき星 君と二人追いかけていた”

望遠鏡の中で星たちが輝いています。

自然と出る感動の声。

その時は今だけを考えることができるのです。

今を生きることができることは多くはありません。

今に集中できる時間が大切なのではないでしょうか。

”気が付けばいつだって ひたすら何か探している
幸せの定義とか 哀しみの置き場とか”

人は今を生きず、未来に不安を抱き、心配事ばかりしています。

「幸せになるにはどうしたらいい?」「苦しい時はどうすればいい?」と。

今を生きることができなくなっています。

文明社会が作った、予測できなかった悩みかもしれません。

”生まれたら死ぬまで ずっと探している
さぁ 始めようか 天体観測 ほうき星を探して”

ほうき星とは何でしょうか。

幸せの象徴でしょうか。

僕はずっとほうき星を探しています。

それは今に集中できることと、関係があるのではないでしょうか。

”今まで見つけたモノは 全部覚えている
君の震える手を 握れなかった痛みも”

人生の定義とか、哀しみの置き場とか、僕が自分で気づいたものは魂に刻まれていくのです。

もちろん悔しかった出来事も。

”知らないモノを知ろうとして 望遠鏡を覗き込んだ
暗闇を照らす様な 微かな光 探したよ
そうして知った痛みを 未だに僕は覚えている
「イマ」という ほうき星 今も一人追いかけている”

僕はもっと何かを知りたかったのかもしれません。

みんなが知らないもの。

自分を癒してくれるもの。

はたまた想像もつかないものを。

そして苦しい出来事も。

”背が伸びるにつれて 伝えたい事も増えてった
宛名の無い手紙も 崩れる程 重なった”

一人考える時があります。

答えのない問題だってたくさんあるんですよ。

どうしたらいいかわかっている人など、本当はいません。

みんな悩んでいるのです。

”僕は元気でいるよ 心配事も少ないよ
ただひとつ 今も思い出すよ”

悩みはつきません。

苦しみも多いでしょう。

でも、君と天体観測をしたあの踏切近くの出来事は、本当に楽しかったのです。

楽しいことって、事実なんじゃないでしょうか。

楽しかったことって、無条件に自分を悩みから解放してくれます。

それは子どもも、大人も同じなのです。

”予報外れの雨に打たれて 泣きだしそうな
君の震える手を 握れなかった あの日を”

始めは良かった天体観測のあの日、急に降り出した雨に、僕たちは意気銷沈しました。

僕たちを救う今を感じられる楽しみを、雨は奪いました。

僕はそんな悲しい出来事も、深く胸に刻んだのです。

君と一緒だったから、胸に刻めました。

”見えているモノを 見落として 望遠鏡をまた担いで
静寂と暗闇の帰り道を 駆け抜けた
そうして知った痛みが 未だに僕を支えている
「イマ」という ほうき星 今も一人追いかけている”

雨の中、望遠鏡を担いで帰りました。

悲しみで現実を見ようとしなかった僕は、何かを見落としていた可能性もあります。

君を励ます元気や、ピンチをチャンスに変える機転など。

それから学ぶものもあったのではないでしょうか。

”もう一度君に会おうとして 望遠鏡をまた担いで
前と同じ 午前二時 フミキリまで駆けてくよ
始めようか 天体観測 二分後に君が来なくとも
「イマ」という ほうき星 君と二人追いかけている”

楽しかった出来事をまた思い出し、僕は一人でも天体観測を続けました。

必ずまた全てを忘れさせてくれる、楽しい出来事が起きるはずです。

僕はそれを探して、ずっと望遠鏡を覗いているのです。

天体観測とは何か?

この歌が言う天体観測とは何なのでしょうか。

人は様々な悩みを抱えています。

人生をうまく生き抜くための決められた方法論などないのです。

サラリーマンは安定しているからいいと皆が揃って毎日働いていますが、それも空虚でなんだかもの寂しい気もします。

だからと言って、冒険する勇気などありません。

悩み始めたら尽きないのが人生です。

でもそんな時に、無条件に全てを忘れられるような瞬間があるのではないでしょうか。

全ての悩みを忘れさせてくれる、ときめきの時があるのです。

それはとても少ないかもしれませんが、確実にどこかにあります。

天体観測とは、そういう珍しい瞬間を探すことなのかもしれません。

BUMP OF CHICKEN「天体観測」MV考察

子どもは何を思って生きているのでしょうか。

毎日ドッヂボールをしたり、ドロケーしたり、友達とかくれんぼしたり。

なんでそんなことを楽しんでいるのでしょうか。

なんで大人は砂遊びをしないのでしょうか。

危ないこと、スリルとか、ワクワクすること。

子どもの頃は全てが新鮮で、初めてのことばかり。

だから時が経つのも遅いのかもしれません。

いつも感動で胸がはちきれそうで、毎日を死ぬ気で楽しんでいるのです。

大人になった子どもたちにも、知らないものがまだたくさんあるのではないでしょうか。

ときめいて、我を忘れるほど楽しい出来事を、僕らもまだ体験できるのです。

それを探すのに、年齢は関係ありません。

あの時天体観測をした4人は大人になって、音楽を見つけました。

そんな大人が今また新しい夢を目指しているのです。