椎名林檎「幸福論」歌詞の意味(解釈)とは?

椎名林檎

椎名林檎さんの「幸福論」がトリビュートアルバム『アダムとイヴの林檎』でレキシにカバーされました。

椎名林檎さんの「幸福論」はどのような曲なのでしょうか。

椎名林檎「幸福論」歌詞

作詞:椎名林檎
作曲:椎名林檎

本当のしあわせを さがしたときに
愛し愛されたいと考えるようになりました。

そしてあたしは君の強さも隠しがちな弱さも汲んで、

時の流れと空の色に何も望みはしない様に
素顔で泣いて笑う君にエナジィを燃やすだけなのです

本当のしあわせは目に映らずに
案外傍にあって気付かずにいたのですが…。

かじかむ指の求めるものが 見慣れたその手だったと知って、

あたしは君のメロディーやその哲学や言葉、全てを
守る為なら少し位する苦労もいとわないのです。

時の流れと空の色に何も望みはしない様に
素顔で泣いて笑う君のそのままを愛している故に

あたしは君のメロディーやその哲学や言葉、全てを守り通します。
君が其処に生きているという真実だけで 幸福なのです。

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椎名林檎「幸福論」歌詞の意味考察

”本当のしあわせを さがしたときに
愛し愛されたいと考えるようになりました。”

本当の幸せは愛し愛されることだと言っています。

椎名林檎さんはそう思っていたのでしょうか。

”そしてあたしは君の強さも隠しがちな弱さも汲んで、”

愛するということは、相手の強みも弱みも知っていることだと言っています。

それを知って守るのです。

”時の流れと空の色に何も望みはしない様に
素顔で泣いて笑う君にエナジィを燃やすだけなのです”

変えられないとわかっているものを変えようとしないように、私は君に恋をしたと言っているのではないでしょうか。

君に恋をしたのは当然のことだったのです。

”本当のしあわせは目に映らずに
案外傍にあって気付かずにいたのですが…。”

幸福は気づかないところにあると言っています。

何かを考えられることが、すでに幸福だと言っているのでしょうか。

あるいは家族がいること、あるいは愛を表現できること、そういうことをできることがすでに幸福なのかもしれません。

”かじかむ指の求めるものが 見慣れたその手だったと知って、”

かじかむ指とは辛い状態のことを指しているのかもしれません。

そいういう時に頼りになるのはいつもそばにいてくれる人なのです。

それはやはり家族なのかもしれません。

”あたしは君のメロディーやその哲学や言葉、全てを
守る為なら少し位する苦労もいとわないのです。”

愛するということは自分の危険を顧みず、相手を守ることかもしれません。

相手のためになら、なんでもできるのです。

”あたしは君のメロディーやその哲学や言葉、全てを守り通します。
君が其処に生きているという真実だけで 幸福なのです。”

椎名林檎さんは愛する人がそこに生きているだけで幸せだと言っています。

愛する人が生きていてくれることが私の幸せなのです。

そのためならば、私は何をしてもあなたを守り抜くのです。

それが愛するということであり、そうできることが幸せだと言っているのではないでしょうか。

本当に素敵な歌詞だと思います。

椎名林檎さんの愛が伝わってきます。

MV考察

人が倒れているのに誰も気づきません。

たくさんのりんごが転がり落ちたから、人が集まり始めました。

倒れている人を見ても、人はどうしたらいいかわからないのです。

倒れている人が死んでいるのか、生きているのかわからないのに、あたふたして助けようとしないのが、人間の本性かもしれません。

他人のことなどどうでもいいのです。

自分さえ良ければ他人の不幸など笑い事なのです。

椎名さんはそんな人間にはなりたくないと思っているのではないでしょうか。

間違えていることは間違えているときちんと言いたいのです。

それをわかってくれる人は必ずいます。

必ずいるのです。