宇多田ヒカル「Play A Love Song」歌詞の意味(解釈)とは?

宇多田ヒカル

宇多田ヒカルさんの「Play A Love Song」がサントリーのCMで使用されるそうです。

宇多田ヒカルさんの「Play A Love Song」はどのような曲なのでしょうか。

宇多田ヒカル「Play A Love Song」歌詞

作曲︰Utada Hikaru
作詞︰Utada Hikaru

傷ついた時僕は
一人静かに内省す
深読みをしてしまう君は
不安と戦う

Hold me tight and don’t let go
Why we fight I don’t know

(私を強く抱きしめて離さないで

どうして私たちは喧嘩をしてしまうのかな)

他の人がどうなのか
僕は知らないけど
僕の言葉の裏に他意などないよ

長い冬が終わる瞬間
笑顔で迎えたいから
意地張っても寒いだけさ
悲しい話はもうたくさん
好きだって言わせてくれよ
Can we play a love song?

友達の心配や
生い立ちのトラウマは
まだ続く僕たちの歴史の
ほんの注釈

Hold me tight and don’t let go
Why we fight I don’t know

(私を強く抱きしめて離さないで

どうして私たちは喧嘩をしてしまうのかな)

僕の親がいつからああなのか
知らないけど
(大丈夫、大丈夫)
君と僕はこれからも成長するよ
(大丈夫、大丈夫)

落ち着いてみようよ一旦
どうだってよくはないけど
考え過ぎているかも
悲しい話はもうたくさん
飯食って笑って寝よう
Can we play a love song?

側においでよ
どこにも行かないでよ
Hold me tight and don’t let go

もう二度と離さないと
言わんばかりに抱き締めたいよ
疑っていてもいいけど
悲しい話はもうたくさん
嘘だって吐きたくなるよ
Can we play a love song?

長い冬が終わる瞬間
笑顔で迎えたいから
意地張っても寒いだけさ
悲しい話はもうたくさん
好きだって聞かせてくれよ

Can we play a love song?
Can we play a…
Can we play a love song?
Can we play a…
Can we play a love song?

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宇多田ヒカル「Play A Love Song」歌詞の意味考察

“傷ついた時僕は
一人静かに内省す
深読みをしてしまう君は
不安と戦う”

失敗した時は自分でまずはそれがなぜ起きたかを考え、二度とそんなことにならないようにしようと励むのです。

でも考えすぎて今度また違うことで同じようなことがきたらどうしようと、悩む人もいると言っているのではないでしょうか。

ここではそんな人がいるとしたら、そんなことをする必要はないと言ってくれている気がします。

”Hold me tight and don’t let go
Why we fight I don’t know

(私を強く抱きしめて離さないで

どうして私たちは喧嘩をしてしまうのかな)”

愛し合うことだけをしていたい、傷つけ合うことなんてしたくないのにと言っている気がします。

私たちは大好きな人とどうして喧嘩をしてしまうのでしょうか。

本当は互いに支え合う仲でないといけないはずなのに。

”他の人がどうなのか
僕は知らないけど
僕の言葉の裏に他意などないよ”

私は言葉と裏腹なことを考えることはしないから、心配しなくて大丈夫だと言っています。

人は言っていることと思っていることが違うから、わけがわからなくなるのではないでしょうか。

自分の言っていることと考えていることが一緒であれば、争いなど起きないのかも知れません。

もしも本心だけで会話をしていたら、人を不本意に傷つけることもないのではないでしょうか。

正直が得だとそういうことを言っているような気がします。

”⻑い冬が終わる瞬間
笑顔で迎えたいから
意地張っても寒いだけさ
悲しい話はもうたくさん
好きだって⾔わせてくれよ
Can we play a love song?”

別れた後辛い状況が続くことは、決まっています。

しかしその辛さも必ず終わりがやってくるのです。

だったら、後悔しないように今は自分の言いたいことを、きちんと相手に伝えるべきだと言っています。

もう別れるとか辛いとか、そんな暗い話はあなたとはしたくないのです。

好きだとか、愛してるとかそういう互いが互いを想い合う話がしたかったのにと嘆いているのかもしれません。

”友達の心配や
生い立ちのトラウマは
まだ続く僕たちの歴史の
ほんの注釈”

友達の心配とは友達が心配してくれることを指しているのではないかと思います。

友達が今の自分に対してああだよと心配してくれることもありますが、それは通過点に過ぎないことだと言っているような気がします。

友達が言ってくれることに耳を傾けることもとても重要ですが、それが正しいとは限らないのではないでしょうか。

どうするからは自分が決めることです。

また過去の重大な出来事はとても長い人生の中では、全然取るに足らない事実なのです。

そんなものにいつまでも心を囚われているのはもったいないと言っているのではないでしょうか。

”僕の親がいつからああなのか
知らないけど
(大丈夫、大丈夫)
君と僕はこれからも成長するよ
(大丈夫、大丈夫)”

親が離婚したから、親が稼いでる人じゃないか、親が虐待する人だから、私もそうなんじゃないかと思う必要はないと言っている気がします。

そんな過去に囚われる考え方をしていては、もったいないのです。

私たちはこれからも失敗を繰り返し、より良い自分になっていくのです。

そこに家族がどうだとかということを考えると、損をすると言っているのではないでしょうか。

”落ち着いてみようよ一旦
どうだってよくはないけど
考え過ぎているかも
悲しい話はもうたくさん
飯食って笑って寝よう
Can we play a love song?”

辛いこと悲しいこと、嫌な人のことをどうやって黙らせようかなど、私たちはなぜマイナスのことばかり考えてしまうのでしょうか。

そんな時間は人生の中では無駄なのです。

そんなことを考える時間があるのなら、どうやったら世界が良くなるか、どうのように好きな人を喜ばせようかなど、幸せに繋がることを考えた方がいいと言っている気がします。

”側においでよ
どこにも行かないでよ
Hold me tight and don’t let go”

私は絶対に離れて言ったりしないから、安心して欲しいと言っています。

人の中には絶対に信じられる人が必ずいるのです。

そういう人は裏表のない、本当のことしか言わないと言っている気がします。

”もう二度と離さないと
言わんばかりに抱き締めたいよ
疑っていてもいいけど
悲しい話はもうたくさん
嘘だって吐きたくなるよ
Can we play a love song?”

マイナスなことばかり言っていると、あらぬことを言いたくなるものだと言っている気がします。

いつでもプラスな考え方をしていると、それだけで十分なのです。

悲しいことばかり話していると、どんどん悲しい気分になってくるのです。

”長い冬が終わる瞬間
笑顔で迎えたいから
意地張っても寒いだけさ
悲しい話はもうたくさん
好きだって聞かせてくれよ

Can we play a love song?
Can we play a…
Can we play a love song?
Can we play a…
Can we play a love song?”

この部分では今までもそうしてきた愛の話を、もう一度しようよと言っている気がします。

私はこれからもあなたと愛の話をし続けたいんです。

それはもう私だけなのかな、なんて思うと、とても切ないのです。

”Can we play a…”がとても辛く聞こえます。

宇多田さんはよく本当に辛い歌詞を、陽気に歌うことがあります。

だからなんとも言えない奥深さが出てくるような気がします。

今まで二人で愛を何度も語り合ってきた仲なのに、どうして今悲し話ばかりしているのでしょうか。

もうそんな話は聞きたくないのです。

二人は愛し合っているのですから、それならばもっと幸せなことを考えたい、そう言っている気がします。

CM考察

キゲンよくやってる?と問いかけてくれます。

SUNTORYは飲むに人に元気を届けたいのかもしれません。

ニンゲンらしくやってる?とも問いかけてくれています。

ニンゲンらしくとはどういうことでしょうか。

毎日仕事ばかりしていることが果たして人間らしい生活なのでしょうか。

そんなものから得られるものよりも、もっと大切なことを他のところからたくさん得られるのではないかと言っている気がします。

宇多田さんが自然と戯れている映像に乗せて「Play A Love Song」が流れます。

愛の話をしようよ、もっと楽しい、思いやりのあることをやりたいなという想いが伝わってくるのです。

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別の捉え方

歌詞の中にあまり考え過ぎないでほしいというところがあります。

これは深く考えれば、何か見えてくるかもしれないという意味かもしれません。

宇多田ヒカルさんは最近二度目の離婚をされました。

世間からはLove Songを歌っているのに、自分は離婚しているじゃないかと言われることもあるのかもしれません。

さらに新恋人ができたから離婚したのではないかと書いている記事もあります。

私はそんなちょっと曲がった考え方はとても失礼だと思います。

この歌を読むと、彼女が離婚を望んでいたのではないのではないかと感じました。

彼女は最後まで愛についての話をしたかったように思います。

彼女は離婚など望んでいなかったのです。

彼女が一番したくなかったことは離婚なのではないでしょうか。

そういう想いがこの歌には込められているのではないかと私は思いました。

why we fight I don’t knowという歌詞がありますが、この歌詞は「why goodbye I don’t know」と同じ韻です。

彼女はどうして別れようなんて言ったのか私はわからないと言いたかったのではないかと思います。

we fight をgoodbyeに変換すると、この歌がまた違ったメッセージに変わってくるのです。

恋人たちは決して、別れるために結ばれたのではありません、共に支え合うために出会ったのです。

それを忘れることがないよう生きていきたいです。