[Alexandros]「ハナウタ」歌詞の意味(解釈)とは?

[Alexandros]
[Alexandros]の新曲「ハナウタ」が東京メトロ(石原さとみ出演)のCMで流れていました。

[Alexandros]の新曲「ハナウタ」はどのような曲なのでしょうか。

[Alexandros]「ハナウタ」歌詞

作詞:最果タヒ
作曲:川上洋平
編曲:小林武史

夜空を引き裂いた春も
ぼくには触れてはこなくて
まぼろしのように咲いたバラ
痛みだけが指にふれる

愛おしさばかり打ち寄せ
だれにも触れたくないのに
ひとりきり生きる瞳に
やむことのない波音

ひかりのなかに恋をしてる
孤独はきっと、そういうもの
緑、破れた日影に滲む、夜の焼け跡
走るメトロの振動で、ぼくの輪郭ぼやけて
愛が、溶けだすように揺れる、ぼくだけの朝

さみしさとともに訪れる
やさしさがぼくに染みつく
いつかは全てが消えると
ぼくのためにくりかえす

ひかりのなかに恋をしてる
孤独はきっと、そういうもの
緑、静まる浅瀬の海に、足を浸して
走るメトロの振動で、愛の輪郭ぼやけて
街へながれるように揺れる、ぼくだけの春

影、桃色の空と
朝焼けの海、波、まばたき
灯りつづける 生まれた日の朝日
息をするたび ふかく染まって

きみに触れるたび しみるさみしさは
ぼくのやさしさも 連れて消えてゆく
いつか、孤独のまま愛を許すこと
こんなぼくらにも、できるのだろうか

沖へと流れる静寂
誰ひとりいない砂浜
呼ばれることなどない名前
やむことのない波音

ひかりのなかに恋をしてる
孤独はきっと、そういうもの
緑、ふちどる夜明けの風に、すべてを預けて
走るメトロの振動で、ぼくの孤独がぼやけて
空へ、重なるように響く、ぼくだけの街

きみに触れるたび 満ちたむなしさは
愛に変わらずに 溶けて消えてゆく
いつか、孤独のまま愛を許すこと
きみのさみしさを ぼくは愛せるか

ひかりのなかに恋をしてる
孤独はきっと、そういうもの
愛が、とけだすように揺れる、
ぼくだけの朝

[Alexandros]「ハナウタ」歌詞の意味考察

”夜空を引き裂いた春も
ぼくには触れてはこなくて
まぼろしのように咲いたバラ
痛みだけが指にふれる”

夜に春の暖かさが突然やってきたのでしょうか。

そんな心地いい風も私には来なかったと言っています。

幻のような幸せなんてこないのです。

僕には痛みだけが感じられたのでしょう。

皆が陽気に過ごしている中で僕だけが辛い状況にあるそんな様子を描いています。

”愛おしさばかり打ち寄せ
だれにも触れたくないのに
ひとりきり生きる瞳に
やむことのない波音”

恋も片想いで、辛いと言っています。

今は一人でいたいのに、孤独の中で、心はいつも渦巻いているのかもしれません。

”ひかりのなかに恋をしてる
孤独はきっと、そういうもの
緑、静まる浅瀬の海に、足を浸して
走るメトロの振動で、愛の輪郭ぼやけて
街へながれるように揺れる、ぼくだけの春”

孤独というのは光を見続けるものだと言っています。

つまり孤独だからこそ、幸せを求めることができると言っているのではないでしょうか。

それは光に恋をしているようなのです。

孤独の中でもはっとするほど綺麗な景色に出会うことがあるのです。

それが孤独な私にも映って、心が和らぐのかも知れません。

朝帰りでしょうか。

友だちと別れた後の一人の自分が始発の地下鉄に乗る様子が描かれています。

それはまた一人ぼっちの一日の始まりを導くのです。

孤独を描いた歌詞です。

こんなにも詩的に淡々と孤独を描ける最果さんがすごいと思います。

”さみしさとともに訪れる
やさしさがぼくに染みつく
いつかは全てが消えると
ぼくのためにくりかえす”

孤独でも何かに守られているように思ってしまうようです。

親がくれた愛情が体に染み付いているからでしょうか。

その愛情が、いつか必ず、孤独から解放されると励ましてくれているような気もします。

”ひかりのなかに恋をしてる
孤独はきっと、そういうもの
緑、静まる浅瀬の海に、足を浸して
走るメトロの振動で、愛の輪郭ぼやけて
街へながれるように揺れる、ぼくだけの春”

今は一人を楽しんでもいいのではないかと言っています。

一人でも自然に触れれば、日常では味わえない幸福を感じられるのです。

私は一人でだって旅に出ますよ。

なぜなら一人でも春は感じらるのですからと。

”影、桃色の空と
朝焼けの海、波、まばたき
灯りつづける 生まれた日の朝日
息をするたび ふかく染まって”

自然の一瞬一瞬をきちんと受け止めることができれば、一人でも十分幸せを感じられるのではないでしょうか。

一人でしか味わえないとても静かな空間があるのかもしれません。

そこにはまばたきの一つ一つにだって集中できるのです。

”きみに触れるたび しみるさみしさは
ぼくのやさしさも 連れて消えてゆく
いつか、孤独のまま愛を許すこと
こんなぼくらにも、できるのだろうか”

一人でも幸せを感じられるようになったとしても、少し気になる人と接すると一瞬で寂しさは襲ってくるようです。

今まで積み重ねてきた一人でも感じられる幸せは、急に心細くなってしまうのでしょうか。

そうして僕はまた孤独との恐怖と向き合うことになるようです。

本当は君と触れたからといって、すぐに寂しくなる自分は嫌なのかもしれません。

一人でだって幸せを感じられる人にならなければならないと思っているのでしょうか。

”沖へと流れる静寂
誰ひとりいない砂浜
呼ばれることなどない名前
やむことのない波音”

日差しがある時間は一人でも良かったけれど、やっぱり夜は一人が自分を苦しめるようです。

沖で聞こえる波音は、より一層自分を孤独にさせるのかもしれません。

”ひかりのなかに恋をしてる
孤独はきっと、そういうもの
緑、ふちどる夜明けの風に、すべてを預けて
走るメトロの振動で、ぼくの孤独がぼやけて
空へ、重なるように響く、ぼくだけの街”

それでも一人であることは変わりません。

地下鉄にはたくさんの人がいます。

また朝はやってくるのです。

そんな景色を見ていると、やっぱり一人でもいいかと思えるのかもしれません。

”きみに触れるたび 満ちたむなしさは
愛に変わらずに 溶けて消えてゆく
いつか、孤独のまま愛を許すこと
きみのさみしさを ぼくは愛せるか

ひかりのなかに恋をしてる
孤独はきっと、そういうもの
愛が、とけだすように揺れる、
ぼくだけの朝”

今は一人でもいいのです。

一人でだって幸せを感じることはできます。

でもやっぱり誰かと一緒にいたいと思う気持ちは消えません。

いつかきっと僕と孤独を共有してくれる人が現れるることを願うのが本音なのかもしれません。

最果タヒ

最果タヒさんは心をぐっと揺さぶる詩を書く作家です。

去年は自身の小説「夜空はいつでも最高密度の青色だ」が映画になりました。

今年が最果さんが注目される年になるかも知れません。