欅坂46「もう森へ帰ろうか?」歌詞の意味(解釈)とは?

欅坂46

欅坂46の「もう森へ帰ろうか?」がリリースされました。

欅坂46の「もう森へ帰ろうか?」はどのような歌なのでしょうか。

欅坂46「もう森へ帰ろうか?」歌詞

作詞:>秋元康
作曲:>河原健介

もう森へ帰ろうか?
街には何もなかった
想像していた世界とはかけ離れていたよ

こんな土も緑もない狭い土地に
人間(ひと)は何に惹かれて暮らし始めようとするのか?
喧騒の中で 愛 語り合っても
鉄やコンクリートは温もりを伝えやしない

風の噂に洗脳されて(洗脳されて)
存在しない夢を見ていたんだ

もう森へ帰ろうか?
このまま手ぶらでもいい
僕たちのユートピアは現実逃避だった

誰かと(誰かと)
競い合って(競い合って)
生きるなんて(空(むな)しい)
もう止めよう(さよなら)

空はなぜか青くもなく 汚れている
街にやってきてから深く息もしてなかった

誰もがこぞってここを目指しているなら
きっと理想的な幸せがあるって思った

時間とルールに縛られて(縛られて)
住人たちは何を諦めた

あの森へ帰りたい
離れて気がついたんだよ
僕たちが信じてた世界もフェイクだった

真実を(真実を)
隠しあって(隠しあって)
何のために(泣いてるの?)
もうごめんだ (悲しい)

自分はどこにいる?
空の太陽よ 教えてくれ

もう森へ帰ろうか?
何度も思い直した
僕たちの行き先はどこにも見つからない

ここから(ここから)
振り返れば(振り返れば)
輝いてる(故郷の)
あの森こそ(ユートピア)

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欅坂46「もう森へ帰ろうか?」歌詞の意味考察

”もう森へ帰ろうか?
街には何もなかった
想像していた世界とはかけ離れていたよ”

都会には別に大したものはないと言っています。

”こんな土も緑もない狭い土地に
人は何に惹かれて暮らし始めようとするのか?
喧騒の中で 愛 語り合っても
鉄やコンクリートは温もりを伝えやしない”

都会には愛がなく、機械ばかりなのに、なぜこんなところで暮らしたがるのでしょうか。

”風の噂に洗脳されて(洗脳されて)
存在しない夢を見ていたんだ”

目を覚まして欲しいと言っています。

”もう森へ帰ろうか?
このまま手ぶらでもいい
僕たちのユートピアは現実逃避だった”

ユートピアは理想郷という意味です。

憧れだった都会はただの現実逃避だったと言っています。

そう都会なんてまやかしだらけのテーマパークなのです。

住むところではありません。

”誰かと(誰かと)
競い合って(競い合って)
生きるなんて(虚しい)
もう止めよう(さよなら)”

ここでは都会の忙しい生活を揶揄しているのかも知れません。

そんなものに意味などないのです、愛に比べれば。

”時間とルールに縛られて(縛られて)
住人たちは何を諦めた”

都会には自由なんてないのです。ただただ忙しいだけです。

”真実を(真実を)
隠しあって(隠しあって)
何のために(泣いてるの?)
もうごめんだ(悲しい)”

都会の人たちには人情のかけらもありません。

真実を隠しあうのです。もうそういうのは嫌なんだと言っています。

”もう森へ帰ろうか?
何度も思い直した
僕たちの行き先はどこにも見つからない”

都会に人間の居場所なんてないのです。

都会はどこかさみしいだけです。

”ここから(ここから)
振り返れば(振り返れば)
輝いてる(故郷の)
あの森こそ(ユートピア)”

そうあの故郷の町こそユートピアなのです。

都会は便利なだけで、別に特別すごくいいものなんてありません。

住むには田舎がいいのです。

今はもう文明も発達して、どこででも仕事ができる世の中です。

都会には人が集まりすぎているのに、誰も地方へ行こうとしません。

朝の通勤ラッシュ、人気駅の人混み。

こんなものになぜ人は惹かれるのでしょうか。

MV考察

機械だらけの怖さを赤い蛍光灯で表現しています。

そしていたるところに都会の冷たさが描かれています。

下水道、夜の工事、何台も並べられた機械たち、大きな機器だらけの工場、SNSの文字の山

そういうものは見るにも痛々しく、寂しさが漂っています。

平手さんはそういうものを全部燃やしたのかも知れません。

最先端に一番近い高校生たちがこんなことを歌っているのです。

東京へ憧れてやってきた高校生たちは、東京の雑居を見てこんなことを思ったのかも知れません。

大人たちが作った寂しい東京は、今の若者は好まないのかも知れません。

綺麗な心を持った彼らは、そんな下らない大人たちが作った虚構など気に入らないのです。

Type-A

Type-Aには「もう森へ帰ろうか?」と平手さんのソロ曲「夜明けの孤独」が収録されています。