ゆず「栄光の架橋」歌詞の意味(解釈)とは?

ゆず

平昌オリンピックが始まりました。
オリンピックの応援歌として、そして人生の応援歌として様々な方に愛されている名曲「栄光の架橋」はどのような曲なのでしょうか。

ゆず「栄光の架橋」歌詞

作詞:北川悠仁
作曲:北川悠仁

誰にも見せない泪があった 人知れず流した泪があった
決して平らな道ではなかった けれど確かに歩んで来た道だ
あの時想い描いた夢の途中に今も
何度も何度もあきらめかけた夢の途中
いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある
だからもう迷わずに進めばいい
栄光の架橋へと…

悔しくて眠れなかった夜があった
恐くて震えていた夜があった
もう駄目だと全てが嫌になって逃げ出そうとした時も
想い出せばこうしてたくさんの支えの中で歩いて来た

悲しみや苦しみの先に それぞれの光がある
さあ行こう 振り返らず走り出せばいい
希望に満ちた空へ…

誰にも見せない泪があった 人知れず流した泪があった

いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある
だからもう迷わずに進めばいい
栄光の架橋へと…

終わらないその旅へと
君の心へ続く架橋へと…

ゆず「栄光の架橋」歌詞の意味考察

”誰にも見せない泪があった 人知れず流した泪があった”

誰にも見せず一人で泣いた日があったと言っています。悔しいことがあったのでしょうか。誰にも言えないほど、辛いことがあったのかもしれません。

ゆずの二人はどうしてこのことを知っているのでしょうか。

”決して平らな道ではなかった けれど確かに歩んで来た道だ”

今までの日々は決して簡単な日々ではなかったけれど、大変ならば大変なほど、それは確かに歩んできたという軌跡なのです。

”あの時想い描いた夢の途中に今も
何度も何度もあきらめかけた夢の途中”

夢とは一度諦めたら終わりではありませんよ。1年経って、2年経って、心が癒えて、再び元気になった時にまた追い求める夢もあるのです。

”いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある
だからもう迷わずに進めばいい
栄光の架橋へと…”

今、どんなに震えて緊張していても、あなたのやってきたことを出すだけなのだから、そこには緊張などいらないのです。

今あなたに宿っているのは今までの全ての練習の日々なのです。

もう後ろを見ることは必要ありません。この時、この瞬間は前だけを見て集中すればいいのです!

周りの選手の実力なんて関係ありません。あなたはあなたの力を精一杯出すだけです!

”悔しくて眠れなかった夜があった
恐くて震えていた夜があった
もう駄目だと全てが嫌になって逃げ出そうとした時も
想い出せばこうしてたくさんの支えの中で歩いて来た”

どんなに辛い日々もあなたの周りにいる人々がどんなに素敵な言葉をかけてくれたでしょうか。

その人たちの言葉一つ一つが今、あなたのパワーとなって支えてくれているのです。

”悲しみや苦しみの先に それぞれの光がある
さあ行こう 振り返らず走り出せばいい
希望に満ちた空へ…”

たとえ悲しいこと苦しいことがあってもそれは光に満ちた希望のためにあるのです。

学び終わったならば、あとは羽ばたくのみです。

”いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある
だからもう迷わずに進めばいい
栄光の架橋へと…

終わらないその旅へと
君の心へ続く架橋へと…”

たとえ勝っても負けても、そこで終わりではありません。

オリンピックという舞台で世界中の人たちが注目する中で、あなたが負けようが勝とうが、それは一瞬の通過点にすぎません。

あなたの戦いの日々はこれからも続くのです。

もちろんとても印象に残る一瞬ではありますが、そこで全てが変わるなんてことは絶対にありません。

変に力むことなく、いつも通りやればいいのです。

私はこの歌詞にはそういった思いも描かれていると思います。

まとめ

ゆずの二人が紡ぎ出した応援歌はオリンピックという最高の舞台で重圧に押しつぶされそうになるアスリートたちの背中を押す一曲となっているのではないでしょうか。

この歌は素晴らしいパワーに包まれています。

これは様々な人の人生の節目にも聴いてほしい楽曲ではないでしょうか。

平昌オリンピックの壮行会では日本人からの多くの応援メッセージを聞いて高梨沙羅選手が涙を流しました。

その時、高梨選手は自分たちをこんなに勇気付けてくれたことへの感謝として”私たちは楽しませることで恩返しする”と言いました。

アスリートたちはその大きな舞台において、精一杯に自分のことしか考えていないのではないかと思っていました。

しかし高梨沙羅選手は見ている人が自分の活躍を見て楽しまなければならないと言ったのです。

スポーツマンの仕事は人々に勇気を与えることなのです。

これが最高峰のプロのアスリートの精神なのかもしれません。