徳永英明「もう一度あの日のように」歌詞の意味(解釈)とは?

徳永英明

日本レコード大賞作詞賞を受賞した徳永英明さんの「もう一度あの日のように」の歌詞を考察したいと思います。

この曲は希望に満ちた、勇気を与えてくれる曲です。

徳永英明「もう一度あの日のように」歌詞

作詞:徳永英明
作曲:徳永英明

現在きみは夢を僕に言えるか
あの日と同じ瞳のままで
どこかでどこかで憧れだけを抱いて
大人の大人の慰めだけを待って
ah 流れてないか もう流されないで

AH 培った夢は 真夏に濡れた白いシャツのように
緑の風を受けて輝いていた
もう一度あの日のように

現在きみは夢を僕に言えるか
あの日と同じ心のままで

どこかでどこかで時代の風に負けて
涙で涙でぼやけた空を見ても
ah 悲しいだけさ もう終わりじゃないさ

AH 培った夢は 真夏に燃えた熱い恋のように
君の夢と僕の夢をかみあわせたら
もう一度あの日のように

どこかでどこかで時代の風に負けて
涙で涙でぼやけた空を見ても
ah 悲しいだけさ もう終わりじゃないさ

AH 培った夢は 真夏に濡れた白いシャツのように
緑の風を受けて輝いていた
もう一度あの日のように

AH 培った夢は 真夏に燃えた熱い恋のように
君の夢と僕の夢をかみあわせたら
瞳のなかで 心の中で
もう一度あの日のように

徳永英明「もう一度あの日のように」歌詞考察

ここに登場する僕ときみは友人関係ないのでしょうか。

久しぶりに再開した僕ときみが酒に酔いながら話しているのが想像できます。

僕がきみに「子どもの頃の”あの日と同じ瞳のままで”夢を語れるか?」と聞いています。

20代後半から30代後半の大人の会話でしょうか。

誰もが幼い頃に描いた夢の職業に着けているいるかというとそうではありません。

しかし、”もしも二人で手を合わせたら”もう一度のあの日のように夢を見ることができるかもしれない。

そういう熱い恋心のような夢をもう一度持とうじゃないかという歌詞ではないかと思います。

大人になったらこういった”トキメキ”を味わう機会も少なくなるかもしれません。

しかし、一人ではできないことも二人でならできるかもしれません。

そう思うと忘れかけていた夢が蘇る希望に満ちた歌だと思います。

徳永英明「もう一度あの日のように」難解なワード

”緑の風を受けて輝いていた”

緑の風とは何でしょうか。少年時代に白いシャツを着て、汗だくのまま遊んだ日の公園で受けた風のことを言っているのでしょうか。自然から吹く心地よい風を「緑の風」と表現しています。

”ah 悲しいだけさ もう終わりじゃないさ”

”もう終わりじゃないさ”という言葉はあまり日常では使いません。

「もう終わりだ」は使うことがあるでしょう。

おそらく、徳永さんは”「もう終わりだ」ではないさ”と言っているのはないでしょうか。

二人で力を合わせれば、”なんだってできる”と言いたいのだと思います。

”君の夢と僕の夢をかみあわせたら”

様々な解釈があるとは思いますが、私は「二人で力を合わせたら」という意味で捉えました。

一人の力ではなく、二人、三人と力を合わせれば一人では成し得なかったことができるのではないかと

希望に満ちた言葉を歌っているのではないかと思います。

大人になってもそう言った少年のような心で仕事をしよう。

少年のような心を思い出そうと言っているのではないかと思います。