コブクロ「両忘」歌詞の意味(解釈)とは?〜悪いことしちゃダメよw〜

コブクロ

コブクロの「両忘」はどのような曲なんでしょうか。

コブクロの「両忘」の歌詞の意味(解釈)を考えていきます。

コブクロ「両忘」歌詞

作詞:小渕健太郎
作曲:小渕健太郎

「真実」の反対は ただの「嘘」でいいのか?
それだけで回る世界なら
「情け」なんて言葉 もう死語だね

三面鏡にしか映らない 横顔があるように
君にも見えない君を 誰かが見てる

過ちの裏には 心 抗った爪痕
自分につけなかった嘘
隠せば隠すほど 記憶の中で暴れる
真実は 誰にも懐かない

口を噤んでても 身振り手振りはお喋り
漂う空気を消すように 振り撒く 笑顔のスプレー

反面教師と諭すように 人の不幸 指差せば
いつか当たるぞ 自分の打った流れ弾に

間違いは晒され 正しさだけが正解のニュースから
何を感じればいい?
踏み外し 叩かれ ズタボロでも這い上がり 見上げる
瞳にも晴天を

心に触れる度 君の表情がロックする
怖いんだね 人を信じるのが
過ちの裏には 心 抗った爪痕
自分につけなかった嘘
記憶の影に待つ 自分の肩を抱き寄せ
いつしか 話せる日が来る
待ち侘びた夜明けを 包み込む光の中
静かに 歩き出せたらいい

コブクロ「両忘」歌詞の意味(解釈)とは?

コブクロの「両忘」は、悪いことをしたとしても、まだ明日はあると伝えた曲です。

コブクロの「両忘」は具体的にどのようなことを伝えようとしているんでしょうか。

コブクロの「両忘」の歌詞の意味を考えていきます。

ちなみに今回の歌詞考察は、歌詞自体が賛否両論あるので、私はあくまで解釈しているだけです。

後ろで私の意見も書いています。

「真実」の反対は ただの「嘘」でいいのか?
それだけで回る世界なら
「情け」なんて言葉 もう死語だね

いろんなことが報道されています。

全てが嘘でも正解でもありません。

報道の中にはすでに主観が入っているんです。

事実だけを伝える報道は多くありません。

全ての情報が真実ではないんです。

でもその嘘も全くの嘘ではない部分もあります。

三面鏡にしか映らない 横顔があるように
君にも見えない君を 誰かが見てる

人はいろんな感情と共に生きています。

憎むこともあれば、悲しむこともあり、妬むこともあれば、苦しむこともあります。

そんな感情は誰でも持っているんです。

そしてそういう感情と日々戦っているんです。

過ちの裏には 心 抗った爪痕
自分につけなかった嘘
隠せば隠すほど 記憶の中で暴れる
真実は 誰にも懐かない

何か悪いことをしていると、自分を正当化しようとする勘違いが生まれます。

でも自分が変なことをしているという自覚はあるため、いつも自分に嘘をついています。

それでも自分にメリットのあることだけらと止めることができません。

それが不倫というものではないでしょうか。

だからこそmそれを断ち切るのがとても難しいんですね。

口を噤んでても 身振り手振りはお喋り
漂う空気を消すように 振り撒く 笑顔のスプレー

目で見えている世界が真実ではありません。

全ては感情という奥にあるものが作り出した偽物です。

それを見抜くことができる人が誰かをサポートです。

反面教師と諭すように 人の不幸 指差せば
いつか当たるぞ 自分の打った流れ弾に

ちょっとここは苦しいので、解釈をやめます。

間違いは晒され 正しさだけが正解のニュースから
何を感じればいい?
踏み外し 叩かれ ズタボロでも這い上がり 見上げる
瞳にも晴天を

間違えたら叩かれ、正解が映し出されます。

でもその奥にある人間のエゴは無視されるんです。

誰にでも法を犯す可能性があります。

でもそれをやらないで踏みとどまるのが普通です。

ただたとえ踏み外してしまったとしてもまた前を向かなければなりません。

心に触れる度 君の表情がロックする
怖いんだね 人を信じるのが
過ちの裏には 心 抗った爪痕
自分につけなかった嘘
記憶の影に待つ 自分の肩を抱き寄せ
いつしか 話せる日が来る
待ち侘びた夜明けを 包み込む光の中
静かに 歩き出せたらいい

いろんなことが起きるこの社会で、自分がだって加害者になることがあります。

疲れて寝てなくて、そんな頭では周りの感情を読み取ることもできません。

そうしてどんどん深みにハマる人もいるんです。

ストレスの裏返しで過ちを犯す人もいます。

でもそんな人にも必ず朝はやってきます。

必ず。

コブクロ「両忘」タイトルの意味とは?

コブクロの「両忘」のタイトルはあまり聞きなれない言葉です。

両忘というのは禅語で、意見のぶつかり合いでは何も生まれないという意味です。

両方忘れて一から考える必要があります。

正解と不正解は人によって違います。

そんなところで議論しても結果的には正解は生まれないんです。

大事なことは、何が大切なのか一から判断していくことなんです。

意見の対立ではなく、一から問題を紐解くことが解決の糸口になります。

そう考えるとワイドショーで私はこう思うと意見をぶつけ合っているのは、そもそも無意味だということに気づきます。

いろんな事件が起きていますが、他人がどうこう言うことではないんですね。

不倫がダメだなと思ったならそれでいいですし、不倫はやっていんだと思う人を否定しもいけません。

ただ自分はきちんとその問題と向き合い、胸を張って生きられるか考えればいいんです。

コブクロ「両忘」歌詞の意味(解釈)を考えた感想

んー、とても解釈が苦しかったですね。

悪いことをしてしまったけれど、その人にも明日があるよと聞こえるんですが、普通は悪いことをしないというのが正解なのでとても苦しい歌詞となりました。

とはいえ私も恋人がいる人に恋をしたことはあります。

この世界ですから、人間だって動物なので、不倫をするリスクはあるんじゃないでしょうか。

だからオープンリレーションシップというのが欧米で流行っていますよね。

ただ日本の社会では不倫をしたら叩かれます。

それを分かった上でやるんだから、そりゃバレたらこうなるよねと、誰でもわかるんですよね。

でもやってしまうんですね。

そこに理由があったんだよと書かれている気がしてとても苦しい結果になったんですが。

私の場合は、恋人がいる人を好きになったとき、その人のことをどうしても信用できないタイミングが生まれました。

その人が約束の時間を変えてきたときに、この人は嘘をつく人だということを実感したんですね。

それでこの人の発言をこれから何度も審議に問う自分がいると思ったら面倒になりました。

それに不倫をするような人というのはどこまで言っても人のことを愛していないですよね。

本来であれば好きになるということは覚悟を決めるといううことですよね。

この日本の社会では。

もう他の誰も愛さない。

でもその代わり、いつも一緒にいてくれる人を手に入れることができるんですね。

それが嫌なら結婚などしなければいいんです。

でも結婚したのであれば覚悟を決めなければなりません。

それが愛するということです。

でも魔がさして、他の人も好きになって、不倫して結局世間からバッシングされる。

そうなる前に普通は止めるべきなんですが、それができないということですよね。

それならばやっぱり愛情というものがどこか欠けていると思われて仕方がないと思いました。

だからこそ私は好きだったけれどやめました。

それに向こうの相手のことを考えると私は邪魔でしかありません。

たとえ向こうも浮気をしていたとしても、それは愛という本来の形ではなく破綻しているので、そんな2人に関わる時点で変なことが起きますよね。

大切なことは今自分がしていることが明日を胸張って歩けるほど正しいことなのかということと、その行為が周りを幸せにする行為なのかということです。

そんなに不倫をしたいような夫婦関係であるなら、離婚したらいいだけの話ですよね。

遊びたいんだったら結婚しない。

単にそれだけの話です。

両方取りたいなんて言ったら、このようなバッシングにあうんです。

だから悪いことはしてはいけないんですよね。

ましてや有名な人なら尚更ですよね。

そういうことを考えられないほど頭が弱っていたんではないでしょうか。

でもだとしたら今するべきことは、このように熱心に自分の感情を歌にすることですよね。

どんなに叩かれようと今思う気持ちを歌にするべきなのではないかと思いました。

どんな変な歌でもいいので、もう一度ど輝けるコブクロが戻ってきで欲しいです。

いつか、愛するとは支え合うこと、愛とはその人のことを一番に思うことだという素敵な「蕾」のような歌詞が配信されることを待ち望んでいます。