ルミエール〜ベーシックインカム隔離施設④

ブログ小説

スマホを現場に持ち込まないようになり、池辺は現場を抜け出すことがなくなった。

それにより、神田に目をつけられることもなくなった。

池辺が途中退出することはなくなったが、池辺は工場での作業が人一倍遅いことが問題になった。

池辺は他の人の半分も作業をしていなかったのだ。

彼女は真面目に仕事をしていないと思うほど作業が遅かった。

だが彼女の作る製品は非常に丁寧に作成されており、評価が高かった。

それでも作業量が他の人の半分以下ということもあり、問題として取り上げざるを得なかった。

高橋と池辺は作業後にカフェで休憩することを日課としていた。

「あの、池辺さん」

「なんですか?急にかしこまって」

「池辺さんの作るアクセサリーは、とても評判がいいんですが、量が少ないと問題になっているそうですよ!」

「ええ!私ちゃんと頑張ってやっていますよ」

「それは見たらわかります。池辺さんのアクセサリーは他の人のものよりも綺麗に仕上がっています。うちは全てオーダーメイドなので、池辺さんが作成した商品はいつも高評価になっているのを知っています」

そう言って、高橋たちがいる施設が運営するサイトの評価ページを池辺に見せた。

「ならいいじゃないですか」

「でもそれでは会社的にはダメなんだそうです」

「そんなことは知りません。というかなんでそんなことを高橋さんが知ってるんですか?」

「私が週末に関わってる施設内のイベント企画グループがあってそこでの聞き込み作業中に聞いたんです」

「何ですか、そのイベント企画グループって」

「ああ、施設内でなんか楽しい催しができないかって僕の近くの部屋同士の人たちで立ち上げたサークルみたいな物です」

「へえ」

「そこで今度不満大会みたいなことをやるんですけど、その企画の一環でみんなにカフェで不満を聞いていたんです。それで作業量の遅い人がいてクレームをした人がいたっていう話を聞きました。その時に池辺さんのことを言っている人がいて」

「え、誰ですか?その人」

「それはもう忘れました」

「でもそんなこと言われても私の作業は早くなりませんよ」

池辺は仕事終わりにすぐに取りに戻ったスマホを開けた。

「そうですよね。あ、スマホ見ないでください」

「なんでですか、もう親みたいにうるさいんですけど、高橋さん」

「なんでそんなにスマホ見てるんですか?」

「どうしても見ちゃいます。私フォロワーたくさんいるし。やっぱりファンの皆さんのこと知りたいし」

池辺は目を光らせてスマホをのぞいていた。

「ほらこれ、この人はまだ私のことを応援してくれているんです。私が不倫して離婚して最悪な状態になっても、こうして応援してくれる人はまだたくさんいます。フォロワーだってまだたくさんいるじゃないですか!毎日応援のメッセージが届くんです。それにまだ一緒にお仕事したいって言ってくれる方もいて、返信しないとって」

「メッセージ機能解放してるんですか?」

「いえ、普通に投稿ですよ」

「へえ、そうなんですね。そうです。世界には嫌な人も多いですけど、良い人もいます。高橋さんみたいに」

「は?僕みたいに?」

「ちょっと褒めとかないと、と思いました」

「なんですか、それ」

2人は笑顔になった。

「なら、悪いのは見ないで、良いのばかり見ていたらどうですか?」

「それは無理です。”悪いの”は”良いの”の中に紛れ込んでいますから」

そう言って、高橋の顔を見た。

「確かに」

「あ、これとか。ほらこれ、私が作ったアクセサリー。めちゃくちゃ喜んでる人とかいます。こういうのを密かに見てたりします」

「そうですか」

「私、実はオーダーメイドなのに、ちょっと違うことしてるんです」

「え」

「こうした方が良いだろうってところを微妙に変えています」

「え」

「ああ、お客さんは気づきませんよ。でもお客さんによってはすごくラフに書く人がいるすから、そういう時はこういじったり」

客のオーダーからは想像もつかないほど、綺麗になった池辺が作ったアクセサリーがスマホの写真に写っていた。

「すごいですね。池辺さんはそういうセンスがあるんですね」

「私、昔からこういうのを作るのが好きだったんです」

「へえ」

「あれ私のコーヒーがなくなってる!」

遠くの席でトイレから戻ってきた女性が大きな声で言った。

高橋と池辺が女性の方を見た。

「え、なんかあったのかな?」

高橋は首を傾げた。

「そういえば、企画の聞き込みの際に、物がなくなることがあるって言っているのを何人かに聞いたことがあります」

「え、それってやばくない?」

「はい、本当だったんだ」

別館では工場長会議が行われていた。

工場長クラスになると、社長の以前の会社のメンバーがフルタイムで働いていた。

「では、作業量の少ない作業員がいる件についてです」

「はい」

高橋らが働いている工場の管理を担当する吉峰という男が話し始めた。

「私が管轄する現場には、作業量の遅い人が何人かいますが、池辺陽子という女性の作業量が格段に遅い結果となっています。
彼女は以前から途中退出が続いており、1日3時間の勤務も達成できていない上、作業量が少ないため、他のスタッフからの不満が出ています」

「なるほど」

「それにより全体の生産に影響が出てくることが懸念されます」

「彼女を別のラインに移らせることはできないのか?」

「そうですね。今後もこの問題が解消されない場合は配置換えも視野に入れ対策を考えていきます」

翌日池辺は業後に神田に呼び出された。

「池辺さん、他の人より作業量が少ないことで他の方からクレームが着ています」

「え」

池辺は落ち込んだような様子を見せた。

「そうなんですか?」

「はい」

神田は神妙に感じているような演技をしているように見える。

「このままでは他の製品を扱うセクションに移ってもらうかもしれません」

「え」

池辺は目をむき出した。

「違う製品って何ですか?」

「具体的にはわかりません。でもアクセサリーを作るラインではないことは確かです」

「うちの会社で他に何を作ってるんですか?」

「うちは手間がかかるものをハンドメイドで作成するのを施設の人に任せて作っています。アクセサリーは注文が多いので、スピードが求められるんです。ですので、納品時間がタイトでない、バッグか財布などになるかもしれません」

「バッグですか、バッグもいいですけど、私やっぱりアクセサリーの方がいいです。なんとか他の製品の所に行くのを止めてもらえませんか?」

「そうですか、では作業を早くしてもらうしかありません」

「早くと言われても、私器用じゃないので」

「そんなことは知りませんよ、みんなそういうことを言わずに努力して早く仕上げているんです」

神田の正論に池辺は返す言葉が見つからなかった。

「ここに残りたければお願いしますよ」

池辺は中庭で座っていた。

友寄と話していた高橋が池辺に気づく。

「あ」

「あ、陽子ちゃんね。なんか浮かない顔をしているわ。あなたのことはもうわかったわ。池辺さんのところへ行きましょう」

「はい」

高橋と友寄が池辺の側へやってきた。

「陽子ちゃん、なんか難しい顔をしているわね。どうしたの?」

「あ、友寄さん。あ、高橋さんも」

「どうしたの?なんかあったの?」

「あ、いえなんか私アクセサリーの現場から外されちゃうかもしれないって所長に言われました」

「え、どうしてですか?」

高橋が食い入るように聞いた。

「私の作業量が少ないことが問題になってるって噂になっているの本当だったそうです。他の人からクレームが着たんです。私は途中で抜けることが多い上に作業量が普通より少ないって誰かが言ったみたいです」

「そうですか。あ、でも池辺さんの製品はとても評判がいいんですよ!」

「そうなの?」

高橋が池辺の製品が高評価を受けていること画面を友寄に見せた。

「あら、本当に」

「でも私早く作業できる自信がありません」

「高橋さんは1日なん個くらい作ってるんですか?」

「え、僕は1時間では完成しないのでわからないですね。僕は似た商品を選んできて、同じ工程を先にまとめてやっちゃうんです。チェーンカットを先にまとめてやって、次の工程でパールを全て入れたりする感じです。それでだいたい3時間で30〜50個くらい作っていると思います」

「3時間で30〜50?」

池辺が驚いた。

「陽子ちゃんはどのくらい?」

「私は15個作れるかわからないです。1つ1つ作っていく感じです」

「じゃあ陽子ちゃんも同じような商品を選んで作業が似ているところはまとめてやってみたらどうかしら?」

「でも私、作業って感じが嫌なんです。1つ1つ思いを込めて丁寧に作ってあげたいんです」

「そうなのね」

「はい」

「でもここ1週間は高橋君のやり方を参考にしてみたらどうかしら。高橋君のやり方でも思いを込めているのに違いはないと思うわ」

「そうですかね?では一回それでやってみます」

「いいじゃない。やってみましょう!」

「わかりました。ありがとうございます」

池辺は部屋に戻り、自分が作った製品へのコメントを見ていた。

そこへ昔のアイドル仲間から連絡が入った。

「あ、陽子?私!」

「何?結衣、久しぶり?」

「私ね、今ドラマの撮影やってんの、まだ情報解禁されてないんだけど、エキストラも募集してるみたいだからさ、陽子来ない?久しぶりに話そうよ!」

「え、本当に?どこでやってるの?渋谷のスタジオ!」

「あ、わかった私今近いからすぐ行く!」

池辺は服を着替えすぐに才谷結衣が撮影しているドラマの現場に出かけていった。