折坂悠太「朝顔」歌詞の意味(解釈)とは?「監察医 朝顔」主題歌

ドラマ

折坂悠太さんの「朝顔」は、ドラマ「監察医 朝顔」の主題歌です。

折坂悠太「朝顔」歌詞

作詞・作曲:折坂悠太

ねえ どこにいたの 窓辺には空白んで
僕につげる 「また巡り逢うよ」と

真新しい街に 海鳴りがきこえて
手を振る誰かが 笑っている

ここに 願う 願う 願う
君が朝を愛するように
ここに 願う 願う 願う
その庭を選び今に咲く、花!

最後に ひとつ 聞きそびれた事
ふと呟いてる「あの日なぜ逢えたの?」

お祭囃子の 人波の向こうで
手招く誰かを 覚えている

ここに 願う 願う 願う
君が朝をおそれぬように
ここに 願う 願う 願う
その窓を選び降り注ぐ

ねえ この辺りも変わったよ
また何処かであがる産声を 待ちわびて

ここに 願う 願う 願う
君が朝を愛するように
ここに 願う 願う 願う
その庭を選び今に咲く

ここに 願う 願う 願う
暗闇に呼んだその名を
胸にきつく抱き 願う
物語は続く この僕に
ほら今に咲く、花!

「色はなんか? 」
「群青!淡紅!」
「そりゃ結構」
「そりゃ上々」

折坂悠太「朝顔」歌詞の意味考察

折坂悠太さんの「朝顔」は、悲しみを背負い生きていく術を模索する曲です。

歌詞考察歴2年の私が、折坂悠太さんの「朝顔」の歌詞の意味を考察していきます。

ねえ どこにいたの 窓辺には空白んで
僕につげる 「また巡り逢うよ」と

主人公は誰かを亡くしてしまったのかもしれません。

空虚な空を見上げ、空に励まされます。

どんなことが起きても、残されたものは生きていくのです。

これから何をして、どんなことに対応して、生きていくのかさえ分からなくなっているのでしょう。

でも時は流れていきます。

今は自分の将来のことさえ考えることができなくなっているのです。

時は無情に過ぎていきます。

もしあの人がいてくれたら、自分はこんなに悲しむことはなかったのでしょう。

誰も責めることはできません。

ただできるのは、あの時の後悔だけなのです。

僕はあの時の自分を探しているのでしょうか。

どこにいれば、あの人を助けることができたのかと。

途方に暮れる人のイメージ

ずっと探しているのです。

真新しい街に 海鳴りがきこえて
手を振る誰かが 笑っている

あの人が亡くなって、僕は世界を変えたいと思ったのかもしれません。

居なくなった場所を違う世界にしたかったのでしょう。

あの人がいた場所には、住むことができません。

あの人がいなかった場所へ移り住みたかったのです。

なぜなら、あの人が一緒にいてくれた場所なら、あの人を思い出してしまうから。

移り住んだ場所にもあの人を感じさせる人の温かさがありました。

人の温かさ

僕はどこに行ってもあの人のことを、忘れることができないのかもしれません。

ここに 願う 願う 願う
君が朝を愛するように
ここに 願う 願う 願う
その庭を選び今に咲く、花!

たとえどんなことがあろうとも、また歩き出すことができます。

どんなに傷ついても、また笑える日がやってくるのです。

人生は死ぬまで続いていきます。

無理して悲しみを拭う必要はありません。

また必ず心から笑える日がくるのです。

また胸を張って生きれる日がやってくるんです。

最後に ひとつ 聞きそびれた事
ふと呟いてる「あの日なぜ逢えたの?」

私たちが会えたことは奇跡みたいなことなんです。

会えたことは奇跡なのに、離れることは必然です。

でも離れることが必然なら、再開も必然なのではないでしょうか。

お祭囃子の 人波の向こうで
手招く誰かを 覚えている

私たちはなぜ会えたのかわかりません。

気づいたら会うことができていたんです。

あのとき、あの場所であの時間に集まったんです。

そしてずっと一緒にいるんですね。

考えたらそれはとても不思議なことなのかもしれません。

ここに 願う 願う 願う
君が朝をおそれぬように
ここに 願う 願う 願う
その窓を選び降り注ぐ

全ては偶然なのかもしれません。

苦しい思いをするのも、幸せだと思うこともすべて偶然なのではないでしょうか。

これからどうなるのかわかりません。

これからどんな人に会うのかわからないように。

私たちはいつ何と巡り合うかわからないんです。
だとしたら、願うことも幸せを引き寄せることになるのではないでしょうか。

ねえ この辺りも変わったよ
また何処かであがる産声を 待ちわびて

時間は続いていきます。

何があっても、また始まっていくんです。

嫌なことも、楽しいことも続くわけではありません。

ずっと流れていくのです。

ここに 願う 願う 願う
君が朝を愛するように
ここに 願う 願う 願う
その庭を選び今に咲く

心配しなくても、また笑える日はやってきます。

必ず心から笑える日はやってくるんです。

ここに 願う 願う 願う
暗闇に呼んだその名を
胸にきつく抱き 願う
物語は続く この僕に
ほら今に咲く、花!

何が起きようと、諦めてはいけません。

辛いときにも前を見て歩いていくんです。

時間が経てば必ずまた笑える日がやってきます。

だから光を信じて歩いていくんです。

「色はなんか? 」
「群青!淡紅!」
「そりゃ結構」
「そりゃ上々」

群青は空の色、淡紅(タンコウ)は薄い赤色です。

いろんな日があっていんです。

どんな時も楽しめばいいんです。

ドラマ「監察医 朝顔」とは?

ドラマ「監察医 朝顔」は、原作:香川まさひと、作画:木村直巳による、漫画が原作のドラマです。

解剖医の万木朝顔(上野樹里)は、父親の平(時任三郎)と過ごしています。

母親(石田ひかり)は震災で亡くなりました。

8年経った今も行方がわかりません。

父親の平はベテラン刑事をしながら、週末は今も妻を探しています。

娘の朝顔は、母親が死んだ故郷に戻ることができない精神的苦痛を抱えていました。

もう2度と死因がわからない遺体を出したくないという想いで、亡くなった家族と懸命に向き合うのです。

それは母を亡くした、自分へのせめてもの償いなのかもしれません。

原作では朝顔の恋人・桑原(風間俊介)が悲惨な運命を辿りますが、ドラマではどうなるのでしょうか。

原作・監察医 朝顔は、ブック放題で全30巻をイッキ読みできます。
(※2019/7/31までの限定配信です。)



折坂悠太とは?

折坂悠太さんは、幼少期をロシアやイランで過ごしたシンガーソングライターです。

2013年から音楽活動をされている方です。

まだあまりヒット曲がない中、月9でドラマ主題歌デビューを果たしました。

独特の音楽性が光ります。

折坂悠太「朝顔」コメント

折坂悠太さんの「朝顔」は、まだ全貌が明らかになっていません。

上記歌詞の後どのようなストーリーが描かれているのでしょうか。

折坂悠太さんは「朝顔」について以下のようにコメントしています。

折坂悠太 コメント
もの言わぬ人の想いを汲み取り、代弁し、暗い夜の先に、ひとすじ光を見出す。
主人公・朝顔の「監察医」という仕事は、「歌手」として生きる自分とも重なります。
このドラマを見た人がただ、朝に始まる明日を愛せるように。
物語の登場人物たちの歩む道が、僕や、大切なあの人と交差しますように。
そう願って歌います。

そしてドラマ「監察医 朝顔」の主演を務める上野樹里さんも以下のようにコメントしています。

上野樹里 コメント
まず、タイトルが「朝顔」という役名と同じである事に感動しました。歌の中では、現在・過去・未来と描かれているようですが、朝顔の家族が思い浮かぶだけではなく、死という別れを乗り越えて生きている人々にも、聴いてほしいなと思いました。改めて太陽と共に咲く朝顔の花のように、辛い事がたくさんあっても明るく前向きに生きている主人公の姿を、この素晴らしい主題歌と共に皆様の元へ届けていけたらと思います。元号が変わって時代が変化していく中で、新しいサウンドであり懐かしさも感じる折坂さんの楽曲と歌声は、まさにこの「監察医 朝顔」のドラマに相応しいと思いました。

出典:折坂悠太うえぶ

折坂悠太「朝顔」を聴いた感想

折坂悠太さんの「朝顔」はとても清々しいサウンドの中に、悲しみが投影されているような気がします。

この曲の中には悲しみが色濃く描かれていますが、それは同時に優しさでもある気がします。

悲しみを深く表現することで、「あとは始まりしかないんだよ」と、言ってくれているような気がするのです。

折坂悠太さんの「朝顔」を聴いた人が、今まで拭い去ることができなかった悲しみを少しでも軽くできることを願っています。

折坂悠太「朝顔」のリリース日

折坂悠太さんの「朝顔」は2019年8月5日にリリースされました。

独特の雰囲気が癖になります。

本当に素敵な才能です。