米津玄師「サンタマリア」歌詞の意味(解釈)とは?〜どんなことがあっても道は続く〜

米津玄師

米津玄師さんの「サンタマリア」は、米津玄師さんの1stシングルです。

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米津玄師「サンタマリア」歌詞

作詞・作曲:Kenshi Yonezu

掌をふたつ 重ねたあいだ
一枚の硝子で隔てられていた
ここは面会室 あなたと僕は
決してひとつになりあえないそのままで
話をしている

今呪いにかけられたままふたりで
いくつも嘘をついて歩いていくのだろうか
しとやかに重たい沈黙と優しさが
見開いた目と その目を繋いでいた
あなたは少し笑った

サンタマリア 何も言わないさ
惑うだけの言葉で満たすくらいならば
様々な幸せを砕いて 祈り疲れ
漸くあなたに 会えたのだから
一緒にいこう あの光の方へ
手をつなごう 意味なんか無くたって

いつか紺碧の 仙人掌が咲いて
一枚の硝子は崩れるだろうさ
信じようじゃないか どんな明日でも
重ねた手と手が触れ合うその日を
呪いが解けるのを

今この間にあなたがいなくなったら
悲しさや恐ろしさも消えてしまうのだろうか
昏い午後の道端で探しまわった
呪いを解かす その小さなナイフを
汚れることのない歌を

サンタマリア 全て正しいさ
どんな日々も過去も未来も間違いさえも
その目には金色の朝日が 映り揺れる
点滴のように 涙を落とす
その瞳が いつだってあなたなら
落ち込んだ 泥濘の中だって

ここは面会室 仙人掌は未だ咲かない 硝子は崩れない
そんな中で一本の蝋燭が 確かに灯り続ける
あなたを見つめ あなたに見つめられ
信じることを やめられないように

サンタマリア 何も言わないさ
惑うだけの言葉で満たすくらいならば
様々な幸せを砕いて 祈り疲れ
漸くあなたに 会えたのだから
一緒にいこう あの光の方へ
手をつなごう 意味なんか無くたって

サンタマリア 闇を背負いながら
一緒にいこう あの光の方へ

米津玄師「サンタマリア」歌詞の意味考察

米津玄師さんの「サンタマリア」は、何が起きても道は続いていくよと言ってくれた曲です。

歌詞考察歴2年の私が、米津玄師さんの「サンタマリア」の歌詞の意味を考察していきます。

掌をふたつ 重ねたあいだ
一枚の硝子で隔てられていた
ここは面会室 あなたと僕は
決してひとつになりあえないそのままで
話をしている

これはイエス・キリストの母マリアこと、聖母マリアとの懺悔の際のことを言っているのでしょうか。

私はキリスト教ではないので、詳しくわかりませんが、硝子で隔てられていると言っているので、そういうことなのかもしれないと想像しました。

キリスト教のイメージ

あるいは罪を犯した人との面会のシーンなのでしょうか。

この時点では何を言っているのかわかりません。

今呪いにかけられたままふたりで
いくつも嘘をついて歩いていくのだろうか
しとやかに重たい沈黙と優しさが
見開いた目と その目を繋いでいた
あなたは少し笑った

人は罪を抱えながら歩いているのかもしれません。

罪を犯したことのない人はいません。

子どもの頃、嘘をついたことのない人はいないのです。

でもいつでも優しさを取り戻すことはできます。

愛する人を愛したいと思う気持ちがあるなら、その人は信頼できる人だと言っているのではないでしょうか。

サンタマリア 何も言わないさ
惑うだけの言葉で満たすくらいならば
様々な幸せを砕いて 祈り疲れ
漸くあなたに 会えたのだから
一緒にいこう あの光の方へ
手をつなごう 意味なんか無くたって

人は何かを伝えようとします。

解決策もわからないのに、考えたりします。

でも人生の全てに通用する回答などないのです。

ただ確かなことはきちんと存在します。
愛する人と一緒に生きていれば、辛いことも乗り越えられるんです。

いつか紺碧(こんぺき)の 仙人掌(サボテン)が咲いて
一枚の硝子は崩れるだろうさ
信じようじゃないか どんな明日でも
重ねた手と手が触れ合うその日を
呪いが解けるのを

紺碧とは、黒味を帯びた青のことです。

真夏の日差しの強い青空の色のような深く濃い青色のサボテンとは、何のこと表現しているのでしょうか。

サボテンは普通緑色なので、青くはありません。

その後の歌詞はどんなに難しいと思うことでも、信じれば叶う時が来ると希望を語っています。

サボテンには「燃える心」「偉大」「暖かい心」「枯れない愛」という花言葉があります。

これは恋の話をしているのでしょうか。

どんなに叶わない恋でも、気持ちを保ち続ければ、叶うと言いたいのかもしれません。

今この間にあなたがいなくなったら
悲しさや恐ろしさも消えてしまうのだろうか
昏い(くらい)午後の道端で探しまわった
呪いを解かす その小さなナイフを
汚れることのない歌を

昏いとは、日が暮れてくらい、道理が分からない、ぼんやりとして陰気な様を指します。

人は悲しみを抱いた時、なんとかしてその苦しみを破壊しようとします。

でもどこにもそんな都合の良い魔法はありません。

人を憎めば自分を憎むことになります。

でも、どうしても邪念を振り払うことはできないんですね。

サンタマリア 全て正しいさ
どんな日々も過去も未来も間違いさえも
その目には金色の朝日が 映り揺れる
点滴のように 涙を落とす
その瞳が いつだってあなたなら
落ち込んだ 泥濘(でいねい)の中だって

泥濘とは、ぬかるんだ道のことです。

どんなに辛いことがあっても、心に正しさを持ち続けることができるなら、いつでもやり直すことができます。

間違えた選択をしてしまっても構いません。

人間なので、過ちを犯すこともあります。

でも瞳に涙が流れるほど綺麗な心を持っているなら、また立ち上がることができます

ここは面会室 仙人掌は未だ咲かない 硝子は崩れない
そんな中で一本の蝋燭(ろうそく)が 確かに灯り続ける
あなたを見つめ あなたに見つめられ
信じることを やめられないように

現実は決して甘くありません。
どんなに頑張っても、道は開かれないんです。
まだかまだかと待ち続けても、一向に状況は変わりません。

そんなドラマのようなことなど起きないのです。

でも信じる力や叶えたいと願う心があれば、必ず前に進むことができます。

大事なことは、胸の灯火を消さないことなんだと言っているのです。

サンタマリア 何も言わないさ
惑うだけの言葉で満たすくらいならば
様々な幸せを砕いて 祈り疲れ
漸くあなたに 会えたのだから
一緒にいこう あの光の方へ
手をつなごう 意味なんか無くたって

どんなに遠回りをしても良いです。

祈っても祈っても叶わなかった夢を諦めてしまったとしても、そこから道は続いていきます。

いくら失敗しても、明日があるんです。

明日があれば、また始めることができます。

サンタマリア 闇を背負いながら
一緒にいこう あの光の方へ

たとえ辛いことがあっても打ちひしがれる必要はありません。

失敗してもまたやり直すことができます。

光の先に闇が待っているかもしれません。

でもまた光を目指せば良いのです。

どんなことも続いていくのですから。

米津玄師「サンタマリア」歌詞を考察した感想

22歳のときに米津さんはこのサンタマリアという曲を書いています。

正直この歌詞は適当に作られているのかなと、始めは見くびっていました。

1stシングルなので、まだそんなに成熟していないと思ったんですね。

でも米津さんは22歳で、「闇を背負いながら一緒にいこう あの光の方へ」と言えたんですね。

私がこういうことを思えるようになったのは、30歳を過ぎた頃でした。

米津さんのこの「サンタマリア」という曲を聴くのが20代を迎える前だったら、どんなに意味のあることでしょう。

どんなに難しいことがあったとしても、立ち向かってほしいです。

その先に闇が待ち受けていても、信じて進んでいけば必ず光が差し込みます。

これだけは心に留めておきたいです。

米津玄師の歌の構成

米津さんの歌詞にはストーリーがあります。

歌詞を段階的に提示して、少しずつ解いていくんですね。

はじめは問題提起から始まり、解決策、それでも解けない現実、そこから希望へと加速していきます。

大事なことは希望を絶やさないことです。

希望があれば、また立ち上がることができると言ってくれているのです。

普通のアーティストの歌詞なら、同じ言葉を並べるだけの人もいます。

米津さんも最後に同じ歌詞を被せています。

でも米津さんの歌詞は段階的にストーリー仕立てで意味を提示しているので、たとえ同じ歌詞でも伝えていることが変わっています。

下記歌詞は始め、どんなことがあっても、休息することができるから、大丈夫だよ。

今は休もうという風にも捉えることができます。

サンタマリア 何も言わないさ
惑うだけの言葉で満たすくらいならば
様々な幸せを砕いて 祈り疲れ
漸くあなたに 会えたのだから
一緒にいこう あの光の方へ
手をつなごう 意味なんか無くたって

しかし後半の上記歌詞では、苦しいことがあっても、先は続いていくんだよと、「始まり」の歌詞に聞こえてきます。

これは前後の歌詞が伝えていることが違うために起きる効果だと思います。

米津さんは22歳で確固とした伝えたいことを心に抱いて、生活していたんですね。

そして単純な言葉を並べるのではなく、あえて難解な単語を使い聴く人に考えさせようとしています。

もちろん伝えていることは、今まで多くのアーティストが伝えてきた、諦めない心だということは変わりませんが、22歳でオリジナリティを持ってきちんと聴く人に思いを伝えているんです。

米津さんの初期の楽曲を聴くだけでも、非常に面白いと思います。

これからアーティストを目指す人は、勉強になるのではないでしょうか。

米津玄師「サンタマリア」MVの意味考察

これは容疑者との面会の話だったのでしょうか。

面会に来た人は硝子の奥にいる人を信じています。

でも”会う”ことも許されません。

もう会えないのでしょうか。

そんな絶望の中でも人は希望を持つことができるのでしょうか。

私はできないと思いました。

でも音楽にはそんな絶望を消し去る力があると思います。

それだけは確かです。

これは現実逃避でしょうか。

そんなことはありません。

もしかしたら明日本当に状況は変わるかもしれないのですから。

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参考:サルワカ

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