欅坂46「半分の記憶」歌詞の意味(解釈)とは?

欅坂46

欅坂46の「半分の記憶」は「ガラスを割れ!」の通常盤に収録されています。

欅坂46の「半分の記憶」はどのような曲なのでしょうか。

欅坂46「半分の記憶」歌詞

作詞:秋元康
作曲:吉田司・村山シベリウス達彦

人の波にさらわれて どこへ連れ去られたか?
こんな好きでいるのに 君のことを見失ったよ
後を追って 名前を呼んで 走り回ったけれど
黄昏(たそがれ)のこの街にすべて紛れてしまった

さよならか
僕のせいだ
些細な綻(ほころ)びに
心引き裂かれて行く
間に合わない

愛は感情の忘れもの
君はもうここにはいないんだ
思い出が少しずつ崩れ落ちて闇の中へ
想像の悲しみは きっと止めることができただろう
目の前の現実はただ自分を責めたくなる
君は(僕を)僕は(君を)忘れられるのか聞きたいんだ
半分の記憶

やがて街に色がつき 夜が始まった頃
なぜか腹立たしくて 君を少し嫌いになった
自分勝手で わがまま過ぎて 付き合いきれないって
影のないアスファルト 全部 文句吐き出した

謝るか
君のせいだ
小さな誤解から
二人戻れなくなった
あの場所まで

キスは情熱の探しもの
ふいに知った唇の感触
お互いの価値観が同じだって信じてた
理屈っぽいしあわせは たぶん掴むことができたけど
正直なふしあわせ そう抵抗できなかった
キスは(過去を)キスは(未来)語っていたのか知りたいんだ
半分の憂鬱

愛は感情の忘れもの
君はもうここにはいないんだ
思い出が少しずつ崩れ落ちて闇の中へ
想像の悲しみは きっと止めることができただろう
目の前の現実はただ自分を責めたくなる
君は(僕を)僕は(君を)忘れられるのか聞きたいんだ
半分の記憶

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欅坂46「半分の記憶」歌詞の意味考察

”人の波にさらわれて どこへ連れ去られたか?
こんな好きでいるのに 君のことを見失ったよ
後を追って 名前を呼んで 走り回ったけれど
黄昏(たそがれ)のこの街にすべて紛れてしまった”

君のことが好きすぎて、少し離れただけでも心を惑わされています。

人混みを黄昏と表現しています。とても素晴らしいです。

”さよならか
僕のせいだ
些細な綻(ほころ)びに
心引き裂かれて行く
間に合わない”

綻(ほころ)びとは破けることを指します。

もしかしたら君と喧嘩をしたのかもしれません。

”愛は感情の忘れもの
君はもうここにはいないんだ
思い出が少しずつ崩れ落ちて闇の中へ
想像の悲しみは きっと止めることができただろう
目の前の現実はただ自分を責めたくなる
君は(僕を)僕は(君を)忘れられるのか聞きたいんだ
半分の記憶”

愛は感情の忘れものだと言っています。愛する人がいた時感情は半分なのです。

もう片方は愛する人に預けています。

だから、少しでも離れてしまったら、自分の感情は半分しかなく脆いのです。

”やがて街に色がつき 夜が始まった頃
なぜか腹立たしくて 君を少し嫌いになった
自分勝手で わがまま過ぎて 付き合いきれないって
影のないアスファルト 全部 文句吐き出した”

街に灯りが灯り夜が始まると言っています。とても素敵な表現です。

そんな夜の暗闇で君への不満が爆発して、アスファルト目掛けて愚痴を吐いたと言っています。

”謝るか
君のせいだ
小さな誤解から
二人戻れなくなった
あの場所まで”

謝りたいけれど、このイザコザのきっかけは君が招いたのだ。だから謝りたくないしもう修復できないかもしれないけれど、戻れるものならあの時に戻りたいと言っています。

”キスは情熱の探しもの
ふいに知った唇の感触
お互いの価値観が同じだって信じてた
理屈っぽいしあわせは たぶん掴むことができたけど
正直なふしあわせ そう抵抗できなかった
キスは(過去を)キスは(未来)語っていたのか知りたいんだ
半分の憂鬱”

キスをした日は二人は繋がっていたのに、今はそれは記憶の中にしかないのです。

正直に突きつけられる不幸せな現実が突き刺さります。

あの時のキスはなんだったのか、偽りだったのかと嘆いているのかもしれません。

”愛は感情の忘れもの
君はもうここにはいないんだ
思い出が少しずつ崩れ落ちて闇の中へ
想像の悲しみは きっと止めることができただろう
目の前の現実はただ自分を責めたくなる
君は(僕を)僕は(君を)忘れられるのか聞きたいんだ
半分の記憶”

幸せな過去は感情の半分を闇に葬っていくと言っています。

あなたに捧げた愛の感情は記憶の中へ消えなくなりかけているのです。

タイトルの意味

この歌には「半分の記憶」と「半分の憂鬱」が出てきます。

半分の記憶とは自分の愛を捧げた愛する人との記憶を言っています。

そして今はその半分しか持っていないのです。

愛する人との二人で作った記憶なので、離れれば半分しかないと言っています。

二人の記憶は二人で会った時に完全な記憶となるのです。

それが憂鬱や切なさを抱く原因なのかもしれません。

この歌は失恋の空虚さを端的に描いたとても素晴らしい歌です。