福山雅治「零-ZERO-」歌詞の意味(解釈)とは?

福山雅治さんの「零-ZERO-」(名探偵コナンの映画『ゼロの執行人』の主題歌)がついにリリースされました。

福山雅治さんの「零-ZERO-」はどのような曲なのでしょうか。

福山雅治「零-ZERO-」歌詞

作詞・作曲:福山雅治

真実はいつもひとつでも 正義はそう涙の数だけ

僕は暗闇に迷い込み 善悪の刃握った
振りかざした刃はすぐ自分に斬りかかってきたんだ

そう 僕には 善も悪も 間違いもある
僕を騙す僕もいる

今僕が描く 正しさで描く理想で
君を脅かすもの悲しませるものから
誰も傷つかず 誰も傷つけないまま
君を守ることなどは できないとわかってる
完全なる正しさなど ゼロなんだよ

君が暗闇に迷い込み 自分さえ信じられぬ時
怯えるその心に付け入るような
言葉や光なら世界中に
いくつもある どこにもある
君を騙す光もある

君を守りたい それでも守りたい
その笑顔 そのために時として 悪になったとしても

愛の名の下に 誰かが愛の鎖で 君の心縛っても
心にはやがて血が滲むのなら この刃で愛を斬るよ

君を守りたい それでも守りたい その明日
そのために時として悪になったとしても
愛の名の下に誰もが愛に迷っても
真実は1つだけど正義はいつも1つじゃない 無限なんだ
ゼロじゃないんだ
だから探すよ
ゼロの ゼロの可能性を

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福山雅治「零-ZERO-」歌詞の意味考察

”真実はいつもひとつでも 正義はそう涙の数だけ”

真実は1つしかないが、正義は人の数だけあると言っています。

真実というものは変わらないものですが、正義は立場が違えば無数に広がるので、たくさんあるのです。

だから争いが起きています。

”僕は暗闇に迷い込み 善悪の刃握った
振りかざした刃はすぐ自分に斬りかかってきたんだ”

自分の正義だけで、相手を打とうとすると自分にはすぐに刃が斬りかかってくるのです。

その善悪はその人の善悪であり、他人の善悪とは違う場合があるからです。

”そう 僕には 善も悪も 間違いもある
僕を騙す僕もいる”

僕は神ではないので、間違えていることがあるかもしれません。

時には僕が信じ込んでしまっているだけで、間違えていることだってたくさんあるのですから。

”今僕が描く 正しさで描く理想で
君を脅かすもの悲しませるものから
誰も傷つかず 誰も傷つけないまま
君を守ることなどは できないとわかっている
完全なる正しさなど ゼロなんだよ”

自分の正義だけで君を傷つけるものを説得することは、不可能だと言っています。

なぜなら僕が相手の考えを受け入れられないのと同じように、相手も僕の考え方を受け入れないからです。

”君が暗闇に迷い込み 自分さえ信じられぬ時
怯えるその心に付け入るような
言葉や光なら世界中に
いくつもある ここにもある
君を騙す光もある”

世の中には弱さに漬け込むものなら無数にあるのです。

光のフリをして近づいてくる悪もたくさんあります。

”君を守りたい それでも守りたい
その笑顔 そのために時として 悪になったとしても”

僕も君を守るために時として誰かの悪になることだってあるのです。

それが争いを生みます。

そう、私も争いを生む可能性があるのです。

そこに愛する人がいるのであれば。

”愛の名の下に 誰かが愛の鎖で 君の心縛っても
心にはやがて血が滲むのなら この刃で愛を斬るよ”

でももしも愛のせいで誰かを傷つけてしまうのであれば、自分はその愛を斬ると言っています。

そうその愛は間違えている可能性があるのです。

自分が信じている正義を貫くことは間違えているのです。

その都度修正する必要があるのです。

”君を守りたい それでも守りたい その明日
そのために時として悪になったとしても
愛の名の下に誰もが愛に迷っても
真実は1つだけど正義はいつも1つじゃない 無限なんだ
ゼロじゃないんだ
だから探すよ
ゼロの ゼロの可能性を”

だけど必ずみんなが認め、幸せになれる正義もあるかもしれません。

その可能性がゼロでないなら、探す必要があるのです。

ゼロの執行人

今回は三つの顔を持つ男VSコナンというとても興味深い内容です。

何を信じ、誰を信用するのか。

コナンにしか解けない難問が登場するのかもしれません。

特別映像考察

MR技術を使ってギターや福山さんにCGを被せたLIVE映像が楽しめます。

迷路に迷い込んだような錯覚に陥る演出です。

コナンくんがその迷路を懸命に走って、真実を導き出そうとしています。

その世界全体を福山さんが神のような存在でメロディ化しているような印象を受けます。

まとめ

重要なことは愛や正義は間違えているかもしれないと知ることであり、いつでも修復できるようにしておかなければならないということです。

そしていつか皆が推奨できる正義を、作り上げていくべきなのかもしれません。

One thought on “福山雅治「零-ZERO-」歌詞の意味(解釈)とは?

  1. 歌詞の解釈はその通りだと思うんですが、
    何となく安室の心を歌った歌かと思ってました

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